25ストライク 一本勝負、始め!

 どうしてこうなったんだ?


 夕暮れ時…

 すでに夜が顔を出し始め、橙色と群青が引き継ぎを行なっている時間帯に、俺はラルとスーザンと共に広いグランドの前で立っている。

 グランドの周りは、見渡す限りに広がった草原。

 涼やかな風が体を包むように駆け抜けて行き、草木を撫でていくその様子は、まるで異世界の壮大さを象徴しているかのようにも感じられた。

 ここは、アネモスの一番南側にある遊牧地。

 俺の前にあるグランドは、その一部に設置されたベスボル用のグランドである。

 休日になれば、街の連中がここを訪れてベスボルなどのスポーツを楽しむ謂わば公共の施設だけど、こんな時間だから人通りは一切なく、空の色も相まって寂しさすら感じられる。

 


「ここなら、この時間は人目につきにくいだろう。」

 


 俺とラルの前で、偉そうに腕を組んで立つスーザンはそう告げて振り返った。

 まったく…厄介な事になった。

 スーザンの店を訪れたラルは、想像通り俺にベスボルの勝負を挑んできた。それは全然構わないし、俺だってそれを望んでいた節があったからいいんだが…

 スーザンの目の前で、というのが良くなかった。

 彼女はラルの言葉を聞くや否や、俺たちに笑みを向けてきたのだ。



「お前たち、勝負するのか…ベスボルで?なら、いい場所を知ってるぞ。どうせなら、私が立会人になってやろう。」



 その笑みを見た瞬間、俺はすぐに感じ取った。

 この人、完全に楽しんでるな……それに、おそらくだけど何か企んでるんじゃないかって。

 しかし、そんなことにはお構いなく、彼女はすぐに俺たちを"自漕車"に乗せると、半ば強制的にここまで連れて来られたと言う訳だ。

 ちなみに"自漕車"は魔道具の一種で、魔力を使って動かす自転車と自動車の中間のような乗り物の事だ。

 名前の通り、自分で漕いで動かすものだが、自力と言っても魔力を使うのでかなりの馬力が出る。街の中を爽快に飛ばす様子は、サイドカーをつけたバイクそのものだった。

 だが、これはまだ量産体制にはないらしく、スーザンしか持っていない魔道具だった事もあり、街を走る時はかなりの人目を引いて恥ずかしかった。

 それはさておき……



「さぁ若人よ!青春を謳歌するがいい!」



 楽しげに笑うスーザンを見て、俺はため息をつく。

 若人って…俺たちまだ5歳なんだけど。青春どころか、お尻だって真っ青なのに、そんなもの謳歌できるわけがない。

 だが、ここまで来て、勝負を止めるという選択肢はないだろう。ラルのやつも始めは戸惑っていたけど、ここに着いた途端やる気満々になってるし…

 チラリと視線を向けると、横ではラルが持参した荷物の中から、子供専用のベスボル道具を取り出している。

 お…あれは前にも見たやつだ。子供専用のベスボル道具…この前の勝負では、俺が投手だったからな。今日は打者からしたいなぁ。

 ラルの様子を見て胸の高鳴りをなんとか抑えていると、スーザンのニヤついた顔が目に入った。



「何を悩んでいるのだ!ソフィア!怖気付いたのか?ラルはやる気満々じゃないか!なぁ、ラル!」



 スーザンの言葉にこくりと頷くラル。

 あんた、何企んでんだよ。まったく……こんな事、ジルベルトが知ったら絶対に怒られるぞ。

 と、そんな事が頭に浮かんだが、彼がこの姉に口で勝てるはずもないかと、すぐに考えを改めた。

 小さくため息をつき、改めて横に目を向ければ、気迫を漂わせる表情で俺を見ているラルがいる。

 仕方ない…スーザンの思惑に乗ってやろう。

 自分のことを棚に上げて、俺はラルにこう告げた。



「前回はソフィアが投げたから、今回はラルが投げてね。」



 ラルは相変わらず無言だったが、俺の言葉に頷くとバットを差し出してきた。

 やっぱり軽いな。ベスボル大会の時に使ったものも、これと同じ子供用だったんだろう。

 手に持つバットにそんな感想を添えつつ、俺が打席の位置へと移動する姿を見て、ラルもマウンドの位置へと移動を始めた。



 両者が位置につくと、それを見計らったようにスーザンがラルへと問いかけた。



「ラル!お前は魔力が使えるか?!」


「え……?一応は…使えますけど…」


「そうか!なら使え!」


「えっ!?」

 


 一瞬ラルが動きを止めた。

 その顔はスーザンに釘付けで、表情にはもちろん驚愕の色が浮かんでいる。

 それもそのはずだ。この世界、庶民はベスボルで魔力を使ってはならない…そう決められているからだ。その決まりを破れば、厳しい罰が待っている事は俺だって知っている。まぁ、アルに教えてもらったことなんだけど……

 ともかく、ラルが驚くのも無理はないのだ。スーザンはその決まりを破れと言っているんだから。

 それにもう一つ、俺が魔力を使えない事は彼女も知っているはずなのに、ラルに使わせるというのはいったい…



「スーザンお…姉ちゃん、ソフィアたちはベスボルで魔力使っちゃダメなんでしょ?」



 とりあえず、正論から攻めてみるとスーザンは大きく笑った。



「そんなもん、破ったって誰にも分からん!」



 その言葉には、俺も驚いた。

 なら、何でそんなルールを作ったんだよ。ルールだけが一人歩きしてんのか?形骸化とは、まさにこの事では…

 すると、目を丸くする俺とラルを見たスーザンは、面倒臭そうにため息をついた。



「仕方ない…簡単に説明してやる。確かに協会はそう決めている。だが、それを守らせるのは領主の務めだ。サウスのように領主がしっかりしていれば、街の者たちもちゃんと守るだろう。ダンカンは人望に厚い男だからな。」

 


 確かにと、俺は心の中で同意した。

 ダンカンは信用できるし、信頼できる男である事は本人と話してみて、すぐに理解したからな。

 スーザンはなおも話を続ける。



「だがな、全ての都市がサウスのような街ばかりではないのだ。領主がしっかりしていても、街が広過ぎて手や目が行き届かない場合もあるし、領主がだらしない為に風紀が乱れている街もある。私が言いたい事はわかるな?」



 なるほどなと、俺は小さく頷いた。

 確かにルールは秩序を守るためのものだが、それをみんながみんな守るかと言えばそうでもないのである。

 これは俺が前にいた世界でも同じ事だったからな。見つからないように破る奴もいれば、抜け道をすり抜けていく奴だっている。

 "ルールは破る為にある"

 そんな言葉ですら存在していたくらいなんだし、それはこっちの世界でも一緒なのだろう。

 そう考えていると、スーザンは俺が何を考えているのかわかったように満足気に笑う。

 ラルはいまいち分かってないみたいだが、普通の5歳児に理解できる話でもないだろうから、俺が少し救いの手を差し伸べる。



「ラル…要はね、今日はスーザンお姉ちゃんもいるから、特別に使っていいんだって。」



 その言葉を聞いて幾分か理解できたのか、ラルはこくりと頷いた。それを確認すると、スーザンは気を取り直して俺たちに告げる。



「よし!二人とも理解したなら準備しろ!ラル!安心しろ!もし当てても、私が治してやるからな!」



 聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。

 やっぱり俺が魔力を使えないことを見越した上で、スーザンは勝負させようとしているのだ。何でかはわからないが…

 ラルは、俺が魔力を使えない事を知らない。

 にも関わらず、彼にそれを直接伝えない理由は、この勝負をやめさせない為だろう。だって、俺が魔力を使えないと知れば、ラルは俺の身を案じて絶対に投げないだろうからな。

 ラルはそうとも知らずに投球の準備を進めているので、渋々だが俺も素振りをして打席に入った。



「では、これよりベスボル一本勝負を始める!」



 その言葉と同時に、ラルは俺を睨みつけ、対する俺もラルに視線を向ける。睨み合う両者を確認したスーザンは不敵に笑うと、挙げていた手を振り下ろした。



「始め!!!」



 その瞬間、ラルは小さくだが何かを呟き始める。

 口元はよく見えないが、何か数字を呟いているようなので、何を言っているのかと耳を傾けてみる。

 だが……


 ゾクリッ


 一瞬、背筋が凍りつくような得体の知れない悪寒を感じた。それは、確かにラルから発せられている殺気のようなもの……

 

 俺は冷や汗が止まらずに、ラルから目を離せずにいた。

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