24ストライク 再挑戦


 ジルベルトの姉であるスーザン=イクシードは、ここ四季の都市アネモスで魔道具屋を営んでいる。

 彼女の店は主に魔道具の販売を業としているが、依頼があれば修理や加工、製作も行っている。

 もちろん、その為の工房も店の裏にある。

 販売スペースはさほど広くはないが、それでもたくさんの魔道具たちが所狭しと並んでいる。それらの半分はスーザンが制作したものらしく、その素材となる魔石はジルベルトが定期的に送ってくれているようだ。

 ジルベルトとニーナの許可を得て、スーザンの下へ来てすでに半年。

 俺は刺激的な毎日を過ごしている。

 

 1日の半分は店の手伝いに費やされる。

 これはスーザンの指示。魔力について学ぶことも大切だが、今のうちから世の中の事も学べと言われたからだ。

 彼女の指示は、店に来る卸業者の対応。それと、魔道具の在庫管理だった。5歳児にそんなことを任せて大丈夫かと思うかもしれないが、彼女は俺の頭の良さを見抜いていたようだ。


 卸業者は朝に来る。

 魔道具を専門に扱う業者さんで、ウィルさんと言うそうだ。歳は30前半で、気さくで面倒見がいい。

 そんな彼も初めは驚いていた。そりゃあ、5歳の少女が仕入と在庫管理、棚卸しなどを任されていると聞けば、誰だって驚くだろう。

 だが、スーザンのお墨付きと聞き、俺と話してすぐ彼は態度を変えた。彼曰く、俺の頭の良さに感心したらしい。


 そもそも、俺の中身はおじさんだしな。これくらいの仕事なら普通にこなせて当たり前だろ。


 ウィルさんとの打ち合わせ、受け取る商品の検品、その他の処理が終わると、店舗の商品チェックを行う。

 知っての通り、現状の俺は魔道具が扱えない体質だから、魔道具の機能チェックはできないので、破損や傷などがないか品質チェックを任されている。

 これがお昼までの俺の仕事で、終われば晴れて自由の身だ。



「私はこれから少し忙しくなる。構ってやれなくなるから、まずはこれで知識を深めていろ。」



 スーザンはそう言って、大量の本を準備してくれた。

 忙しくなると言うのは魔道具に関する仕事もだが、おそらくは俺のことについて調べてくれているのだと推測できる。

 だから、俺は素直に本を読んで知識を得る事にした。

 "クレス魔力歴史録"、"魔力学"、"魔力とスキル"、"魔構造学"などなど、今まで見たことも読んだこともない魔力に関する本をたくさん用意してくれたので、仕事が終わった後はまず読書に時間を費やす。

 それに、読んだ内容は実践してみることも忘れない。

 まぁ、実践といっても実際に魔力は使えないからイメージトレーニングみたいなものなんだけど……

 それでも、未知の本を読み、理解して挑戦する事には心が躍る。今の俺に結果を出す事はできないし、本を読んでいろいろと試したところで成功する事は絶対にないってわかってるけど、魔力やスキルに対する理論や考え方は、確かに俺の中に蓄積されていった。

 こんな充実した生活に、文句など一つもなかった…と言えば、嘘になるな。


 一つだけ不満があるとすれば、ベスボルの事についてはお預け状態だったこと。ここにはアルもいないから、ベスボルの話で盛り上がれる人がいないし、スーザンの家にはベスボルの本もない。

 毎日仕事して魔力の本を読んで……


 あぁ!!体動かしてぇ〜!頭だけじゃなくて、ベスボルをやりてぇ〜よ!!


 俺が"ベスボルしたい症候群"で頭を悩ませ始めていたある日、スーザンの家に客が来た。

 まだ少し先の肌寒い春先の事だ。

 相手は肉屋のサムで、その横にはラルの姿もある。



「という訳で、うちのラルが今日からこの街にいる親戚の家で働くんだ。ここにはジルの姉であるあんたがいるから、挨拶しておかないとと思ってな。」



 陰で隠れてサムの話を聞いてみると、ラルはこの街で畜産農家を営む親戚の家でしばらく働くらしい。なんでも、肉屋を継ぐための大切な学びの場なんだとか。

 それを聞いた俺は、ニヤリと笑みが溢してしまった。

 ラルがこの街に来た…俺にベスボルの勝負を挑んできたソフィアの幼馴染み。あの勝負は本当に楽しかったなぁ。彼がこの街に来たという事は、また勝負ができるかもしれないな…



「おい、ソフィア!そこにいるのはわかってるぞ!」


「ひゃっ!ひゃい!!」



 陰でコソコソしていたことがバレていたらしい。

 焦って立ち上がると、ラルと視線があった。彼は少し驚いたと思ったら、なぜかじっと睨みつけてきたのだ。

 俺、なんか悪いことしたっけ?

 彼の視線の原因を考えてみたが、全く思いつかない。



「そういや、ソフィアもここにいたんだったな。ソフィア、すまんがラルの事をよろしく頼むぜ。」


「う…うん。」



 サムの言葉に相槌を打つが、ラルは相変わらず俺を睨んでいた。





「あれはお前の彼氏か?」



 二人が帰った後、スーザンがそう俺に尋ねてきた。

 いや、なんでそうなるのかがわからんが…



「違うよ。幼馴染みのラルだよ。」


「なら、なんであれはお前を睨んでいたんだ?」


「う〜ん……わかんない。」



 それを聞いてスーザンはため息をつく。



「どうせここに来る事を伝えてなかったんだろ?あれはそういう目だった。」


 

 あぁ、確かに伝えてなかったな。でも、そんだけで怒る事あるか?

 そう首を傾げている俺の横で、スーザンは再びため息をついていた。



 それから1週間が経ったある日。

 すでに陽も傾き、窓が橙に染まり始めた時間に、いつものように部屋で本を読み耽っていると、外から俺を呼ぶ声が聞こえた。



「ソフィア!いるんだろ!出てこいよ!」



 ラルの声……?いったいどうしたんだ、こんな時間に。

 読んでいた本を閉じて立ち上がり、窓から顔を出して見下ろすと、腕を組んでこちらを睨むラルがいる。



「なぁに?ラル!」


「降りて来いよ!お前に話があるんだ!」



 話…?いったいなんの話だろうか。

 よくわからないけど、とりあえず聞いてやるか。もしかするとまた……。しかし、階段で降りるの面倒臭いなぁ………そうだ!

 俺は思いついた事をすぐに実践に移す。窓の縁に足を掛けて身を乗り出すと、ラルの顔色が変わった。



「おま…!ソフィア!何する気だ!」


「え?何って……今からそっちに行くよぉー!」


「はぁぁぁぁ!?ちょ…ちょっと待てって!そこは2階……!!」


「とぉっ!」



 ラルが俺を止める為に叫ぼうとした瞬間、俺は2階の窓から飛び降りていた。そして、空中でクルクルと体を回転させながら、ラルの目の前に着地点を定め、着地の体制に入る。

 が……



「ソフィア!!」



 げぇ!ラル!そんなところにいたら危ないだろ!どけっ……どけってぇ!!

 心配したラルが俺の体を受け止めようとして、着地点に入り込んできたのだ。

 やばい…!間に合わない…!!



「どけってぇぇぇ!!!」



 俺の叫びとともに、鈍い音が広場に響き渡る。



「痛ててて…ラル…急に出てこないでよ…」


「お…お前こそ…窓から飛び降りるとか…バカだろ…」



 俺の尻の下でラルが軽く暴言を吐くと同時に、騒ぎを聞きつけたスーザンが慌てて店から飛び出してくる。



「なんだ!?何があった…!?ん……?」


 

 キョロキョロと辺りを窺っていたスーザンは、ラルの上で苦笑いしている俺に気づいた。そして、大きなため息をついてこう告げた。



「このマセガキども!5歳児のくせに、こんな時間からイチャつくなんて……お前らにはまだ早いわ!!」



 え……?この状況をどうやったら…そう見えんの?

 そんな俺の疑問をよそに、怒って近づいてくるスーザンは俺たちの目の前で立ち止まり、腕を組む。



「ラル……だったか!?私の姪っ子に何か用でもあるのか?」


「え…と……それは……」



 いまだに俺の尻の下にいるラルは、スーザンからの問いかけにどう答えるか迷っているようだ。

 まぁでも、俺もそれを聞くために降りてきたんだし、ついでだからこのまま聞かせてもらうか。

 そう思い、尻の下にいるラルの言葉に耳を傾けていると、スーザンに襟を掴まれて引き上げられる。



「お前はいい加減に降りろ!」



 俺の呪縛から解き放たれたラルは立ち上がり、服を叩きながら小さく息をつく。

 そして、俺の顔を見て、決意を固めたようにこう告げた。



「ソフィア!もう一度……俺とベスボルで勝負しろ!」



 お!やっぱそうきたな!

 ラルの言葉が予想通りで、俺はついつい笑みを溢してしまう。

 しかし…



「…ほう。」



 俺の横では、スーザンも何か企んだような表情で笑っている。


 あれ?スーザン叔母さん…その顔怖いです。

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