23ストライク エルフの勘違い


 ここは辺境都市サウス。

 人族が統べる街であり、クレス帝国の領土において真南に位置している、その名の通り辺境の街である。

 だが、私にとってはものすごい素質を持った選手が見つかるかもしれない夢の街。ベスボル球界へ参入し、会社を導くための礎となる選手との運命的な出会いが待ち受けている…そんな夢と希望に満ちた都市。

 そのはずだったのに…



 「や…やっと着いたわ…」


 

 私はそう吐き出すと、膝から崩れ落ちて両手を地面についた。

 せっかく拵えた高級スーツはボロボロ。体中、どこもかしこも埃だらけで、自慢の白髪だって泥や血糊がこびりついてバリバリのボサボサ…。ボーナスで買った眼鏡にも、いくつかのヒビが入っている。

 この眼鏡…ブランド物なのに…



「あんの魔物…!!どれだけしつこいのよ。昼も夜も私の事、付け回してやがってぇ……お陰でサウスに着くのに2年もかかっちゃったじゃない!!」



 ぶつけようのない悔しさの矛先を、目の前の地面へと向ける。

 しかし、道のど真ん中で四つん這いのまま地面を叩く姿は、かなり人目を引くようだ。自分としては特に気にする必要もないのだが、皆の視線が特徴的な耳に集まっているのがわかる。

 要は、私がエルフ族である事も要因の一つなんだろう。



「辺境まで来ると、珍しいものなのかしらね。」



 大きくため息をついた私は、ゆっくりと立ち上がり、眼前に広がる街の様子を眺めてみる。

 帝都ヘラクと比べれば、サウスはまさに田舎と言って過言ではない。人の行き来は疎らで、服装も庶民的なものが多いし、建物は大きいものでも二階建て。

 街の中心に行けば、もう少し栄えていると聞くし、まずは聞き込みをするための準備をしなければならないか。



「まずは拠点…それにお風呂と着替えね。」


 

 そう考えて一歩踏み出したその時だった。

 


「あんた…エルフ族かい……?」



 突然、後ろから野太い声をかけられ、ドキッとした私は、振り返ってさらに驚いた。なぜなら、目の前には大型の熊と比べても遜色がないほどの巨躯が、どっしりと立ちはだかっていたからだ。

 げぇ!うっそ!ブラックグリズリー!?

 勘違いして焦った私は、咄嗟にスキルを発動しかける。だが、目の前の人物はその大きな手を前に出し、動じる事なく静かにこう告げる。



「落ち着け…俺は人間だ。」


「え…?人間…?あ…あぁ!」



 過ちに気付かされた私は、急いでスキルをキャンセルし、目の前の男に謝罪した。



「ご…ごめんなさい!てっきり、あのブラックグリズリーが追いかけてきたのかと思って…」


「別に構わん。いつもの事だからな。」



 男はため息混じりにそう告げた。

 いつもの事…?この人…いつも魔物に間違えられているってことかしら…確かに見た目は熊以上だし…

 だが、そんな疑問はしっかりと喉の奥へと飲み込んだ。

 私は企業に勤める社会人。社会人には、人と付き合う上で必要なものがある。

 それは配慮。

 相手の意を汲んで、話す言葉を選ばなければならない。そして、社会人として初対面の者に対して、まずやるべき事がある。

 私は気を取り直し、男へと向き直った。



「コホンッ…申し遅れたが、私はシルビア=アンダリエラ=ララノア。誇り高きエルフ族ララノアの子であり、王都ヘラクに拠点を置く『ベスボル・フィロソフィア』と言う会社で広報を担当してる。よろしく頼む。」



 そう言って差し出した名刺を、男は不躾にも片手で受け取った。

 その態度を見て、失礼な奴だと感じつつも、笑顔を絶やさずに愛想を振りまいていると、男が静かに口を開く。



「『ベスボル・フィロソフィア』と言うと、最近立ち上がったベスボル用品のメーカー企業だな。中小企業だと聞いていたが、そんな会社の関係者がこんな辺境な街に何のようだ?」



 その言葉に、私は驚いた。

 この人、私の会社を知っているの?うちの会社はまだまだ大きくないけど、こんな辺境の街まで名前が届いているなんて!やばい……頑張ってきた甲斐があったのね。泣きそう……

 そう考えただけで涙が溢れそうになる。

 しかし、緩む涙腺をなんとか抑え、心境を悟られないように冷静さを装ったまま、男の問いかけに答える。



「当社の事をよくご存知で。今回この街に来たのは、当社とスポンサー契約を結んでくれる選手を探すため…そして、この街にはとんでもない素質を秘めた選手がいると思い、訪れたの。」



 男はその言葉を聞いて、怪訝な顔を浮かべた。

 


「そいつはご苦労な事だ。しかし、なんでそう思うんだ?この街には協会もないし、ベスボルは年一度の豊穣祭でしかやらない街だ。人口も街の規模もさして大きくはない…そんな素質を持った選手、いればすぐにわかるぐらいの田舎街だぞ。」



 男の言葉に私は目を閉じた。

 そう。彼の言う通りよ。こんな辺境の小さな街にそんなすごい選手がいたら、すぐに話題になっているでしょうからね。

 そうならない理由はわからないけど…

 だけど、私は確信しているの。絶対にこの街にはいる…すごい素質を持った選手がいるって、私の勘がビビビッと告げているのよ。

 そして、それを確信づける証拠も私は持っているしね。

 私は静かに目を開け、鞄からある物を取り出す。そして、それを男に見せると、彼の顔はさらに渋さを増した。



「2年前…私がブラッドゼゲアの森を歩いている時、これが目の前に落ちてきたの。飛んで来た方角などから分析すれば、このボールが放たれたのはこの街以外にあり得ないのよ。」



 だが、自信満々でそう告げる私の言葉に、男は大きくため息をついた。



「そのボールがサウスから飛んできたのかどうかは知らん。だが、ブラッドゼゲアと言えば、ここから100km近くある森だろ?普通に考えればそんな事"あり得ない"はずだ。」


「そう!あり得ないのよ!でも、実際にボールは落ちてきた。だから、私はここにいるの!」



 考えるだけで興奮が収まらなかった。

 あり得ない事をやって退けた選手がこの街にいるかもしれない…いや、いると思ってる。そして、その選手を見つけ出して、うちの会社を成長させる為に絶対に契約してやるの!

 しかし、男の反応は乾いたものだった。



「諦めた方がいい。この街の連中もベスボルは好きだし、ファンも多くいる。だからこそ、そんな選手がいれば、放っておきはしないだろう。中心地へ行けばわかるが、そんな事で街は大騒ぎにはなってない。無駄足にならん内にとっとと帰った方がいいぞ。」



 そう告げて、その大きな体で歩き出す男。



「そんなこと言われても…私は自分の目で確かめるまで諦めないわ!」



 男の背にそう吐き捨てるように告げると、彼は振り向くことなく手をあげた。

 まるで、勝手にしろと言わんばかりに。

 少し気になるのは、周りの人間が男を見て頭を下げているところだが…

 今はそんな事どうでもいいのよ!いきなり声をかけてきて、人の事、否定しまくるだけしまくって帰っていくなんて…どれだけ失礼な男かしら!

 まぁいいけど…あんな言葉をいちいち気にしてちゃ、すごい選手なんて見つけられないもの。


 私は気を取り直し、街の中心の方へと視線を向ける。

 そして、踊る気持ちを胸にその一歩を踏み出そうとしたところで、再び声をかけられた。

 いったい何なのよ!今日はナンパされまくりじゃない、私!

 自意識過剰にもそんな冗談が頭に浮かび、ため息をついて振り返ると、今度は冴えない男が一人、私を見つめて立っている。

 そして、彼はこう告げた。



「あんた、よそ者か?一応忠告しとくが……今の人はサウスの領主だからな。けっこう不躾な言葉をかけてたが…大丈夫か?」



 その瞬間、私は愕然とした。

 あ…あの人…領主だったの…!?え…これ…やば…やばくない!?めちゃくちゃ偉そうに話しちゃったわ!ていうか、私…領主にスキル向けてなかった?……怒ってますよね…絶対…このままじゃ……私、死刑になる!?

 この世界では、種族は違っても身分は尊いものとされている。それを破れば待っているのは…


 そこまで考えた瞬間、無意識に足が動き、私は一目散に彼の下へ駆け抜け、深々と謝罪していたのだった。

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