13ストライク シルビア=アンダリエラ=ララノア
「はぁぁぁ〜」
そんな大きなため息が、薄暗い森の中に響き渡った。
ここはクレス帝国内で"ブラッドゲゼア"と呼ばれている深い森で、辺境都市サウスから北西へ約100kmほど進んだ所に位置している。その名前は、サウスの北部に腰を据える"ヴァーミリオン・ヴェイン山脈"の上流から流れる河川"ブラドライン"がたどり着く場所であることに由来しており、"血のたどり着く場所"と呼ばれるこの森は、凶悪な魔物の巣窟としても恐れられている。
だが、そんな風景とは全くマッチしていない黒いパンツスタイルのスーツに加え、真っ白な長い髪を揺らし、黒縁の眼鏡を携えたその女性は、不満げな顔を浮かべて怒り出した。
「まったく!なんで広報部の私が、選手のスカウトなんか…!人手不足を解消するのは、経営部の仕事でしょうに!」
眼鏡をクイっと上げ、不満を漏らしつつ、どこからともなくタブレットのようなものを取り出した彼女は、あるリストを確認しながらぼやき始める。
「社長も社長よ!何が『シルビアちゃんがスカウトに行けば、すっごい選手が見つかるって僕は信じてるよ。』よ!こんな訳もわからない選手リストで、そんなすごい選手が見つかる訳ないじゃない!」
誰かのモノマネをし終えると、その不満から目の前の地面にあった小石を大きく蹴り上げた。
その石は森の奥深くへと大きく飛んでいったが、彼女はその行く末には目もくれず、眉間に皺を寄せる。
「だいたい、旅費や交通費は会社が持つから、10年くらいスカウトに行って来いとか…どんだけブラックな会社よ。10年よ!10年!私たちの寿命が長いからって!エルフを軽視した発言だわ!絶対に訴えてやる!クレス帝国労働局に密告してやるんだから!!」
そう叫び終え、ハァハァと肩で息をしていた彼女は、落ち着きを取り戻して再び大きなため息をついた。
「……はぁ…まぁ、いいわ。こんなこと、今に始まったことじゃないし…。それっぽい選手見つけて、さっさと帰ってやるんだから。」
彼女はそう呟いて、改めてタブレットに表示されているリストに目を向け、選手候補の情報を確認し始めた。
〜
私の名は、シルビア=アンダリエル=ララノア。
エルフ族、129歳、独身、一応、彼氏は募集中……
ま…まぁ、それは一旦置いておくとして、私が今何をしているのかと言うと、会社のために有能なベスボル選手を探しているところなの。
私が勤める会社は、ベスボルに関連する製品を販売するメーカー企業なんだけど、まだまだ立ち上げたばかりの中小企業。だから、自社製品を使ってPRしてくれる選手を探し出し、スポンサー契約を結んで会社を広くPRするために、社長直々の命を受けてこの地に足を運んでいると言うわけ。
だけど、スカウト部が作ったこのリスト…全く使えないのよね…。
「次は…えと…ヘ…ヘイム=スコールズ?人族、26歳、アネモス在住、現在無職、妻子なし、得意なスキルは…"物体の隠蔽"……」
それを観た瞬間、私はタブレットを思いっきり地面に叩きつけた。
「い!ま!ど!き!!!物体隠蔽スキルなんて珍しくもなんともないじゃない!どうしてうちのスカウト部は、こんな使えない情報しか集められないのよ!いくらうちが中小企業で、情報戦略の詰めが甘いとは言ってもよ!?もっと他にできることがあるでしょうに!!」
地面に転がっているタブレットに向けて、そう吐き捨てるが、それでも怒りは収まらず、ゲシゲシとタブレットを蹴りつけて八つ当たりする。
あ!ちなみに、タブレットには保護魔法がかけられているので、壊れることはないから安心してね。
…………
……
「ハァハァ…全く…こんなリストを使っても、絶対にいい事なんてないわ。やっぱり自分の足で聞き込みするしかないようね。」
そう呟いて、これからどうしようかと考える。
ここから近いのは"四季の都市アネモス"だけど、南東には辺境都市サウスがある。規模で考えればアネモスが妥当ね…人口も多く活気もあるし。よし、そうと決まれば、まずはアネモスで聞き込みをしましょう。
そう決めてアネモスへ向かうための方角を確認していると、突然、どこからか空気を切るような鋭い音が近づいてくる事に気づいた。
「な…なに?!この音…こっちに向かってきてない?!」
何事かと辺りを伺いながら耳を澄ましてみると、その音は自分の後ろから聞こえてくるようだ。それに気づいて振り向いた瞬間、目の前に何かが勢いよく落ちてきた。
「きゃあぁぁぁぁ!!」
それはまるで、小さな隕石が落下してきたかのような衝撃波を引き起こし、高く巻き上がった砂埃が辺りを覆っていく。
「な…!?何よ…これ!!?」
防御魔法を発動し、飛んでくる小さな礫から顔や体を守りつつ、何が起きたのかとその中心に目を向ける。
徐々に晴れていく視界…
ジッと目を凝らせば、"何か"が落ちた場所には大きな穴が開いており、その中心にはいくつかの穴が開いた小さな白いボールのようなものが一つ確認できた。
(あれは…!!)
私はその大きな穴の中へと急いで飛び降りる。そして、その白い物体を取り上げて土を払い、空に掲げて見てみれば、それは自分が想像した通りのものであった。
「い…一体どういう事…?なぜ、ベスボル専用のボールがこんな所に…?」
飛んできた方向をちらりと見て、私の頭には疑問が一つ浮かぶ。
普通、ベスボルは専用の球場で行われるのが一般的だし、その球場には観客とグランドを隔てる強力な障壁が構築されている。だから、いくら選手が強い力でボールを打ったとしても、普通なら障壁に阻まれてしまう。仮に障壁を突き破れたとしても、ボールの勢いは殺されて、球場の近くに落ちる程度のはず…
ここから考えられる事は…
障壁を突き破ってもなお、勢いが衰えないほど恐ろしく強力な打球を放った選手がいる。もしくは、障壁のない庶民のグランドからこのボールは放たれた…そのどちらかだと言うことね。
「どちらにせよ、ものすごいパワーの持ち主ってことよね!震えるじゃない!」
その事実に震えながら、私はボールが飛んできた方角を改めて確かめようとしゃがみ込み、タブレットに地図を表示させた。
ボールが飛んできたのは、自分が向いていた方向とは反対側だったわ。という事は南東……だけど、この地面への食い込みの角度からすれば、南東よりも少し南寄りかしら。南南東…と言う事は、辺境都市サウスの方角か…
そこまで考えて心が踊った。
いったいどんな選手なのだろうか…
詳しく調べなければわからないけど、もし本当にサウスからここまで打球を飛ばしたのなら、それは紛れもなく逸材と言うことね。だって、サウスからここまで約100kmはあるのよ。そんな打球…あの新人怪物のローズにだって打てないわよ…
だけど、辺境都市サウスはほぼノーマークだわね。本社からもらったリストにも、あの都市出身の選手は載っていないし…
「ったく…こういうところが詰めが甘いって言われるのよね。私も…うちの会社も…」
そうため息をつくと、辺境都市サウスの方を見上げた。森の切間から晴れやかな青空が覗いており、気分をより高揚させる。
「まぁ、いいわ!そうと決まれば善は急げね!最初に向かうはサウスよ!」
だが、そうやってサウスの方角を指差したその時だった。
「グルルルルル…」
「……ん?」
指差した方向から唸り声が聞こえてくる。
よく見れば、いつの間にか真っ黒な巨躯が目の前に立っており、真っ赤に光らせた双眸と、滴る涎、そして、剥き出した牙と共に敵意をこちらに向けている姿が窺えた。しかも、その額には大きなたんこぶを携えて…
「げっ!!ブラックグリズリー!?Aランクの魔物じゃない!なんでこんな所に!!」
そう驚いたのも束の間、ブラックグリズリーは咆哮を轟かせて襲いかかってきた。
「うっそでしょ!?!」
そう咄嗟に逃げ出したものの、すぐにある間違いに気づいた。
「やっば!!こっちはサウスとは逆方向だったわ!」
だが、後ろをちらりと窺えば、怒り狂ったブラックグリズリーが猛スピードで追いかけてきている。
「仕方ない!!こいつを振り切って、絶対にサウスに行ってやるから待ってなさいよぉ!It's my dream!!」
そんな叫びが、森の中にこだますのであった。
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