12ストライク へっ?
「ポッケ!俺の愛しいソフィアに絶対にぶつけんじゃねぇぞ!」
ジルベルトがそう叫ぶと、マウンドに立つ男が苛立った顔で言い返した。
「うるせぇ!俺を誰だと思ってやがる!!この娘バカが!」
「なんだとこの野郎!!娘が好きで何が悪い!!」
ジルベルトと言い合いをしている男は、名をポッケと言って、街で魚屋を営んでいる。顔は魚みたいに面長だけど、今の俺の中で彼の評価はかなり高い。
なぜなら、彼は俺がベスボルをやりたいという無理なお願いを、快く受け入れてくれたからだ。
治療を終えて帰ろうとしていた俺は、ベスボルを見てどうしても我慢ができなかった。なので、駄々をこねた。こねてこねて、こねまくってやった。だって、俺は今3歳児だからな。
案の定、ジルベルトは困りつつもそれを否定したが、俺だって譲らない。そうなると結果は目に見えている。駄々をこねまくる娘と、それを否定している娘のことが大好きな父親…そのどちらに軍配が上がるのかは明白だろう。
だが、どうしても頭を縦に振れないジルベルトを見兼ねてか、声をかけてくれたのがこのポッケだ。彼は、ちょっとくらいなら余興にいいだろうと言ってくれた。
だから、初めて会った彼の評価はとても高い。そういうことである。
「ソフィアちゃん…本当に大丈夫かい?」
バッタボックスの近くで、子供用のバット?のような道具を手に取る俺に、ポッケと同じチームで彼の奥さんであるミリィが声をかけてくれた。
「うん!ソフィアは大丈夫だよ!」
俺はそう言って、右手に持つバットのような…もう面倒だから"バット"と呼ぶことにするが、それを左手に持ち直した。
へぇ、思ったよりも軽いんだな。特殊な素材で作られてるのか?ボールもいくつか穴が空いてて、見た感じとても軽そうだし…異世界だと色々細かいところが違うのかな。
そんなことを考えながら、ミリィや他の人たちが見守る中で、バットの重さや重心、芯の位置など細かく確認していく。その様子が珍しいのだろうか…周りの大人たちは、俺の行動に少し唖然としているようにも感じられた。
だが、周りの視線など気にも止めず、バットを両手で持ち直すと、バッターボックス…でいいかわからないが、俺は打者が立つ位置と向かった。
白い線で囲われた指定の位置の前で、一度試し振りをしてみようとバットを持ち上げて両足を広げる。重心を軽く右足に乗せて、左足はある程度自由に動かせるように…
うん、体が小さくてバランスが取りにくいが…まぁ、なんとかいけそうかな。
そう感じて、バットを振ろうとしたが……俺はバランスを崩したように、お尻からその場に倒れ込んだ。
「いたぁ〜い!これ、重たいよぉ〜!」
そう言って幼女らしく地団駄を踏む俺を見て、驚いていた周りの大人たちから笑いが沸き起こる。それを見た俺は、内心でホッとした。
あっ…あぶねぇ。ついつい、自分の世界に入り込んじゃったよ。普通の3歳児が、あんなプロみたいなことするわけないじゃん。本気で振ったら、ジルベルトたちにも怪しまれちゃうし…3歳児を演じるのも難しいな。
ジルベルトが「笑うんじゃねぇ!」と周りに叫びまくっているが、そんなことは無視して、俺は大きな笑いの渦の中でゆっくりと立ち上がった。
そして、もう一度バットを持ち直して、今度は指定の位置に立つ。もちろん、子どもらしい構えも忘れてはいない。
「ポッケしゃん!こぉい!」
俺がそう叫ぶと、周りからは「ポッケ、いじめんなよ!」とか「大人気ないぞぉ!」などのヤジが飛んできた。ジルベルトも相変わらずうるさく叫んでいるが、ポッケも負けずに「うるせぇ!」と反発している。
ポッケ、安心しろ。俺はお前の優しさをちゃんと知ってるぞ。しかし、そろそろジルベルトの娘愛がウザくなってきたな…
一通り、ヤジに対する対応を終えたのか、「まったくよぉ…」と呟いたポッケがこっちを向いた。そして、俺に向かってこう告げる。
「ソフィア!軽ぅぅぅく投げるからな!ボールは怖くねぇから、よく見て振れよなぁ!」
先ほど、俺が頭にボールを受けたことを知っているのだろう。手に持つボールを前に掲げて、そうアドバイスしてくれるポッケを見て、俺は感動を覚えていた。
誠実で優しい…お前って奴は…!どこまでいい奴なんだ、ポッケ!ミリィさんも、いい男を捕まえたじゃないか。
そう考えながら、子供らしく「うん!」と返事をした俺に、ポッケは「いくぞぉ!」と言って、ゆっくりとボールを放り投げてくれた。
彼の手元から離れたボールは、大きな放物線を描いて、ゆっくりとこちらへ向かって飛んでくる。それを見ていた俺は冷静に考えていた。
この場合、3歳児としての正解は"空振り"なんだろうなぁ。普通に打っちゃったらみんな驚くだろうし…でも、打ちたいよなぁ。久々の野球なんだし…
※野球ではなく、ベスボルです。
そこでふと、あることを思いついた。
あっ、そうか!目を瞑って乱暴に振ったフリをすれば、ちょっといい当たりが出ても、まぐれで済まさせれるんじゃね?よし!そうと決まれば…!
俺は飛んでくるボールをその眼でしっかりと捉えて、一度ボールの軌道を確認する。
ん…なんだが、少し目の霞むな…が、問題はないかな。このボールのスピードと軌道なら、目を瞑っていてもバットに当てるくらい朝飯前だし…あとは、打った後に、驚いた顔でどんな打球が飛んだか確認する!完璧じゃないか!
俺は、皆にバレないようにタイミングを測り、こっそりと重心を後ろに移動した。
よし…このまま…もう少し引きつけて…今だ!
3歳児らしく「えいっ!」と声を出し、目をギュッと瞑りながら思い切りバットを振り抜く。
…だが、その作戦は失敗だったということにすぐに気付かされた。
なぜなら、バットから聞いたこともない物凄い音が響き渡り、"本当に"驚いて目を開けた俺の視界の先には、見たこともない勢いで飛んでいくボールの姿が…
「…へっ?」
綺麗に振り抜いたバットを肩に担いだまま、俺は茫然とボールの行方を見つめていた。
キラーーーーンッ
そんな効果音が聞こえてきそうなほど、ボールは遥か彼方へと飛んでいき、数秒もすればその姿は見えなくなってしまう。
ポッケも含めて、周りの大人たちは茫然としているし、ジルベルトたちも、何が起きたのか理解できていないようだ。
そりゃ、3歳児がこんな打球を打ったんだから無理もない。自分がやってしまったことを理解した俺は、冷や汗が止まらなかった…
やっ…やっちまった…ていうか、なんなんだよ…あの打球!!何であんなのが打てるわけ…
内心で超焦っていた俺は必死に言い訳を考えるが、あんな打球を見て冷静な判断などできるわけがない。慌てふためき、どうしようかと悩んでいると、突然ポッケが振り返った。
うげっ…!
焦っていた俺も、流石にその顔を見て引いてしまう。なぜなら、口をあんぐりと開け、パクパクと動かすその顔が本物の魚に見えたからだ。
「ポッ…ポッケしゃん…顔怖い…」
なんとか誤魔化せないかと3歳児らしい発言をしてみるが、それも無駄に終わる。ポッケはボールの行く末を指差ししながら、震えた声で俺にこう尋ねた。
「ソ…ソソ…ソフィア…おま…おま…おまえ…今の打球…は…いったい…」
それに反応して、周りの大人たち全員の目がこちらに向く。もちろん、アルとジーナも同様に…
これは…まずいな。何が言い訳しないと…どうする…どうしよう…う〜ん…
悩む俺に対して、誰一人として口を開こうとはしない。完全に俺からの言葉を待っているのだ。それをひしひしと感じて自ずと苦笑いが浮かび、口元が引き攣ってしまう。
マジで…どうしよう…みんなの視線が痛い。
そんな状況の中、必死に考えた俺は、この場を切り抜けるベストな方法を思いつく。
それは必殺の…
テヘペロだった。
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