11ストライク だって3歳児だもん
「うぅ…」
「おおお!ソフィア…!!良かった!目を覚ました!!」
目を開けると、金髪の男が泣きながら叫んでいた。その周りには、心配そうに自分を見つめる男の子と、泣きじゃくっている女の子もいる。
他にも多くの人が群がっているが、俺が目を覚ました事で安堵の声が大きく響めいた。
「ソフィア…どこかおかしなところ…痛いところはないか?」
金髪の男がそう尋ねてきたので、俺はとりあえず大丈夫だと首を横に振った。それを見た男は「そうか…よかった…」と言って俺を抱きしめる。
この人は、ソフィアの父親だろうか。
そう考えていたら、ふと自分の記憶に情報が追加されていくと言う不思議な感覚に陥った。落ち着いて周りにいる人たちの顔を見れば、自ずと名前が浮かんでくるのだ。
ソフィアの記憶が共有されたのかな?
俺は少し息苦しくも心地よい体温に身を任せ、さっきまでの事を思い返していた。
先ほどまで俺は、俺とソフィアの心の深層域でスポーツの女神と自称するアストラと会話をしていた。
ーーーソフィアの体を使って人生をやり直さないか?
そんな神様らしい身勝手な考えに迷いもさせられたが、ある条件を彼女に約束させ、俺はこの体を借りることにしたのだ。
その条件とは、"ソフィアの記憶の保護と復活"だ。
俺はこの体で、生前に叶えられなかった夢を叶えるために人生をやり直す。そして、夢を叶えた後は、最終的にこの体をソフィアに返してやりたいと思っている。
おばさんになって返されても困ると思われるかもしれないが、そこはちゃんとソフィアにも了承を得ているし、何より、障害が残らない体で返してもらえるなら、それ以上は望まないと、ソフィアがそう言ってくれたことが、俺の中で免罪符にもなっている。
……だが、この世界でどう生き抜くのか。
アストラは野球に似たスポーツがあると言っていたから、それでプロを目指していくしかないだろう。
口元で小さく笑みをこぼしていると、兄のアルが涙を浮かべて話しかけてきた。
「うぅ…ソフィア…ごめんよ。俺…」
彼がなぜ泣いているのか…それはソフィアに聞いているから知っている。ダンカンに許可を得て、初めてベスボルの試合に出ていたアル。そんな彼が打ったボールが、客席でジーナと観戦していたソフィアの頭に直撃したのだ。
無防備な状態でボールを受けた頭は、頭蓋骨陥没と脳挫傷を引き起こし、それによる言語障害と半身麻痺が残るはずであったが、アストラの計らいによりその傷は全て回復している。
なので、兄が気に病むことはもう無いと感じ、元気付けようと俺はこう告げた。
「大丈夫だ。問題ないよ、兄貴。」
「へ…?」
「は…?」
アルは一瞬何が起きたのかわからずに、涙を流しながらポカンとしていた。その横で、ジーナも同じような顔を浮かべている。
あれ?俺いま、おかしなこと言ったかな…?
そう疑問を浮かべながら周りの顔を見てみると、みんなも俺の発言に驚いているようだ。理由がわからずに疑問を浮かべたままでいると、俺を抱きしめていたジルベルトも驚愕していることに気がついた。
「お…お…お…」
だ…大丈夫か?お父さん…そんな顔…しなくても…いったいどうしたんだ…
涙と鼻水と驚愕でぐちゃぐちゃになった父の顔に引き気味の俺だったが、次に父の言葉を聞いて自分の失敗に気付かされた。
「俺のソフィアがぁぁぁぁぁ!!おっ…おかしくなっちまったぁぁぁぁぁぁぁ!!言葉遣いがぁぁぁぁぁ!うわぁぁぁぁぁ!」
再び、俺を抱きしめて大号泣する父。俺の頭を何度も撫でて「痛かったよなぁ」とか「苦しかったよなぁ」などと泣き喚いている。
言葉遣いか…
そうだった。俺は今、3歳の幼気な少女だっだんだ。それならば、相応の言葉遣いがあって然り…いきなり3歳の少女が「大丈夫だぜ、兄貴!」なんて言ったら驚いて当たり前か。
咄嗟にそう考えて、何事もなかったかのように俺は全力で誤魔化すことにした。
「あ…あれ〜パパ…何で泣いてゆの?」
表情はより3歳児らしく可愛らしさを持たせ、言葉遣いも少し覚え立てな感じを表現する。
さっきの発言など、まるで無かったかのように話す娘の言葉に、ジルベルトは再び驚いていた。
「ソ…ソフィア…?お前、今…あれ?」
「ん〜?なぁに〜?アウ兄もジー姉も、どうしてそんな顔してゆの?」
どうだ、俺の演技力は…?こんな姿、知り合いなんかに見せられないけどな。どうせ、ここは異世界だし、構いやしない。
ジルベルトたちは混乱しているようで、三人ともテヘペロと舌を出す俺を、ボーッと口を開けて見つめている。
苦笑いを浮かべる俺だが、そんな俺ら家族の様子を見て安心したダンカンが、大きく笑い声を上げてその場を仕切り始めた。
「ガッハッハッハッ!ショックによる一時的な症状かもしれないな!問題なかろう!とりあえずは、ソフィアが無事で何よりだった!さぁみんな、ベスボル大会に戻ろうじゃねぇか!」
俺のことを心配して集まってくれた皆は、その言葉を聞くと、ホッとした顔を浮かべて会場へと戻っていく。
そんな中、ダンカンはジルベルトのところにやって来て、医務室にいる治癒士に話は通してある旨を告げていた。「念のため診てもらえ。」と言って去っていくダンカンの背中に、俺は漢気というものを感じる。
その後、俺は治癒士に診てもらうために、ジルベルトに背負われて医務室へと移動した。途中で、アルがまた謝ってきたから「そんなアル兄、見たくない。アル兄は悪くない」と駄々をこねてやったら、反省しつつも気が晴れたような顔を浮かべていたので安心した。
反省することは大切だが、し過ぎるのは良くない。無事に家族が戻ってきたことを喜ぶ方が大切だ。俺はそう思っている。
医務室に着くと、綺麗なお姉さんが俺のことを診てくれた。もちろん、診てくれるといっても、一般的に考えられる診察などではなく、彼女は緑色に光るオーラのようなものを両手に纏い、俺の頭にかざして何かを確認していた。
それはほんわりと暖かく、心が落ち着くような優しさを持っていたが、これが何なのかよくわからず、俺が周りに尋ねてみると驚くべき言葉が返ってきた。
「そうか…ソフィアは『スキル』を見るのは初めてだったな。」
ジルベルトがそう頷く様子を見て、俺は首をさらに傾げたが、アルがわかりやすく説明してくれたのでよく理解できた。
"スキル"
それは、この世界にある魔法のようなものである。人は皆、体内に魔力の核を持っていて、そこから共有される魔力を変換して様々なスキルを使う。生活に活用できるもの、戦いに活かせるもの、今俺が受けているように人の治療に役立てるものなど、その種類は多岐に渡るらしい。
まさか、自分が転生した世界がファンタジーの世界だとは驚きであったが、なんとなくワクワクしてしまったのは、自分が男だからかなと感じたりも…まぁ、体は女の子になってしまったんだが…
そんな一幕もありつつ、俺の頭には問題がないことが確認できたので、家族で帰路に着くことになった。
途中で大会の会場の横を通ると、街のみんなが楽しそうにスポーツに精を出している姿が窺えた。アルの話からすれば、これこそが"ベスボル"といい、この世界で一番の人気を誇るスポーツとのことだった。
アストラが言っていたのは"これ"か…
見た感じ、野球とかなり似ているスポーツのようだ。わからないのは…捕手の前にある四角い枠くらいかな。基本的なルールは野球に近そうだ…
ーーーやりたい!!
見ていた俺は、唐突にそう感じてしまった。元野球選手としての好奇心が、俺の胸の内から溢れ出してくるのだ。
ーーー絶対にやりたい!
だが、さっきボールを頭に受けたばかりの俺に、ジルベルトは許可を出しはしないだろう。そう冷静に考えた俺は、思いついた作戦を決行することにした。
そう…それは親を唸らす幼児特有の必殺技…
『駄々をこねる』だった。
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