10ストライク 転生と隠し事

 アストラの話を聞いた俺は、大きくため息をついた。

 俺はこんなアホな女神を助けて死んだのか…そう考えたら気持ちが沈んでいき、脱力感が襲ってくる。


 そんな俺に対して、目を赤く腫らしたアストラが心配そうに、そして、申し訳なさそうにこちらに視線を向けた。



「だ…大丈夫か?」



 その言葉を聞いて、ちらりとアストラを見たが、俺はすぐに目を逸らしてしまう。



「いや…あなたが俺の死に関与してる事は推測してたけど、まさかそんな真相だったとは…」



 気持ちを表すように、自然と顔が俯いた。

 自分がした事は間違っていなかったと思う。相手が誰にせよ、人を助けるために動けた自分を褒めて良いはずだ。

 そうなのだが…



「…あなたを助けたことに不満はないんだけど…それでも、死ぬはずのない神様であるあなたを助けて死んだなんて…なんか正直ショックですね。」



 それを聞いたアストラも、申し訳なさそうに俯いて押し黙る。

 俺と彼女の間には、しばしの沈黙が訪れた。

 


 沈んでいく気持ちは、俺の心に闇を生んだ。

 彼女が会いに来なければ、俺が死ぬ事はなかったのではないだろうかと…そんな事を考えてしまう。

 だがその反面では、死んでよかったのかもと思う自分もいた。あのまま生きていても、何も変えられなかったのではないだろうか。気持ちを切り替えて別の人生を歩むなんて、自分には到底無理だったと…

 そんな感情から生まれた深い闇に、心が飲まれていく。やはり、自分は生き返る必要なんてない。ソフィアには悪いが、このまま消えて無くなった方が…

 

 だが、その沈黙を破ったのはアストラだった。彼女は落ち込む俺の様子を見て、涙を拭うとゆっくりと立ち上がる。

 そして、こう告げた。



「君の正義感は本物だ。いろんな人間を見てきたが、君ほど誠実な魂を持つ者は多くない。助けたのは私かもしれないが…自分の行動には誇りを持ってくれ。」



 アストラの言葉に、心が呼び止められた気がした。

 彼女の言葉に、闇に飲まれた俺の心が引き戻されていく。そんな不思議な感覚を感じつつ、アストラへ視線を戻すと、彼女は何かを決心したかの様に両手で自分の頬をパンッと叩き、光が戻った眼差しを俺に向けてこう告げた。



「ここまで話したのだから、全部話しても一緒だな。君には真実を話し、その上で、改めて転生についてお願いさせてくれ。」



 アストラはそう言うと、今回の事の顛末と、自分がこれまでどれだけ俺のファンとして活動してきたかについて、ゆっくりと語り始めたのだ。


 


 彼女は俺が3歳の時からファンだと言った。

 それからずっと見守ってきて、俺がドラフト一位指名を受けた時は、自分のことのように喜んだそうだ。

 だが、その後すぐに俺は肩を壊してしまい、それを知った彼女は自分の無力さに絶望したらしい。

 しかし、それでも前向きに努力する俺の姿に心を打たれ、いつしかファン以上の感情を持つようになった…と言っても、それは恋愛感情などではなく、親のような…見守らなくてはと言う責任感のようなものだったらしいが…


 その言葉一つ一つを静かに聞く俺に、アストラは真面目な顔で説明していく。


 西海ドルフィンズのトライアウト。

 俺の気迫は相当なものだったと、彼女は感心していた。もちろん、合格したと確信もしていたらしい。贔屓目でも何でもなく、神の目からもそう映ったそうだ。


 だが、アストラは「運命とは残酷なものだ。」と呟いた。そして、合否判定の要因は年齢的なものだろうとも…。それは俺にもわかっていた事だし、だからこそ、合否を聞いたあの時に"潮時か"と思ったのだろうと、改めて理解できた。


 そして、アストラは申し訳なさそうにこう告げた。



「私の安易な感情のせいで、君を死なせてしまった。これについては謝罪してもしきれない…」



 正直言って、謝られてもそれで済む話ではないことは、彼女もわかっているはずだ。

 だが、たぶんそうするしかないのだろう。何となく、俺もそれを理解している。


 どうしたものかと悩む俺に対して、ソフィアが小さく声を上げた。



「私は…お兄ちゃんにもう一度…頑張ってほしい。わがまま言ってることはわかってる。だけど…」



 泣きそうになるソフィアの言葉を静止するように、俺は「ありがとう。」と呟いた。ソフィアも、それ以上は何も言わなくなった。


 大きく吸った息を吐き出して、気持ちを整える。

 アストラに向き直り、真っ直ぐに見つめ直すと、彼女もまた、どんな罵詈雑言でも受け入れると言うように、俺を見据えている。


ーーー人の本質は保身だ…


 俺は自分に言い聞かせるように心の中でそう呟くと、アストラに向けてこう告げたのだ。



「わかった。転生を受け入れます。但し、一つだけ条件をつけさせてもらう。」



 アストラは静かに頷いた。





「アストラ様…お兄ちゃん、行っちゃったんだね…」



 本来の姿を象ったソフィアの魂が、少し寂しげな声色で横に立つ女神アストラにそう呟いた。

 アストラ自身も二郎の魂が旅立った行く先を、腫らした目で静かに見つめながら小さくこぼす。



「お前が元の体が戻るのは、ずっと先だろうな。何十年と先になる。お前は本当にそれで良かったんだな。」



 アストラがそう尋ねると、ソフィアはとても嬉しそうに笑って頷いた。

 そんなソフィアの笑顔を見て、静かに笑みをこぼしたアストラも「そうか。」と呟く。


 紆余曲折はあったものの、概ね想定通りにはなったとアストラはホッと息をついた。彼はソフィア=イクシードとして、これから異世界で夢に向かって挑戦し直してくれる筈である。


 しかし、転生の条件として、ある約束をさせられた事は予想外だった。


 それは、ソフィアの記憶を保護しておく事。


 どうやら彼は、最終的にはあの体をソフィアへと返すつもりらしい。だから、ソフィアの記憶は大事に扱うようにと、強く念を押された。もしそれを破った場合は、自分はスポーツの女神に転生させられたと、毎日叫んで過ごすぞと脅してきたのだ。


 その脅しはアストラに対して効果的だった。

 なぜなら、世界の管理者はいつ、どこで見ているかわからないからだ。彼らは不正の匂いに敏感だ…仮に二郎がそれを言い続けて過ごせば、いつか必ず奴らの耳に入るだろう。

 

 だが、実のところアストラ自身も、最初からソフィアの記憶は保護する予定だった。

 そもそも、ソフィアの魂は消せない。正しくは、消してはならない。なぜなら、彼女の記憶が消えた瞬間に、魂と記憶の数に乖離が出る。そうすれば、必ず管理者にバレて、自分は大監獄行きになってしまう。

 

 だが、アストラはそれを二郎には言わなかった。

 ソフィアの魂を保護する事は、神界においては大罪であり、バレればどうなるかわからない。だからこそ、彼に余計な心配はさせたくないという彼女なりの配慮であった。



(ソフィアは私の部屋で匿い、隠し通さなければな…)



 そうカッコいい顔で決意したアストラだが、彼女の心の中では、すぐに別の感情が湧き上がった。

 


(だけど…これでまた、彼の生き様を見ていられるな。)



 そう考えると、アストラは自然と笑みが溢れてしまった。長年追い続けてきた男の生き様は、悠久の時を過ごす自分にとっては生き甲斐なのだ。


 これでまた…引きこもれる…ぐふ…ぐふふふ……


 そんな不純な思いから、ついついニヤついて涎が出てしまうアストラ。だが、その様子を訝しんだソフィアが、首を傾げて彼女へと尋ねた。



「アストラ様…?どうしたの…?何か嬉しいことでもあったの?」


「え…?あ…いや、何でもない!何でもないぞ!アハ…アハハハハ…」



 笑って誤魔化すアストラ見て、ソフィアは疑問を浮かべつつも、再び二郎の行先へと視線を向けた。その様子を確認してホッと息をついたアストラは、再び口元に笑みを浮かべる。


 そう…

 彼女には二郎に対して、まだ隠している事があったのだ。二郎の魂を自室に持ち帰り、記憶を縫い付けたところまでの話に嘘はない。

 だが、アストラは"その先"を言わなかった。



(まぁ、伝えない方が彼のためでもあるしな…それに使い方は彼次第だから…)



 アストラはそう心の中で呟くと、ソフィアを連れて神界を後にした。

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