9ストライク はわわわわぁぁ〜
「もう一度言うぞ。俺が助けた女性の今を教えてくれ。」
(な…!何で今更そんな事を…!?い…言えるわけないじゃないか!「それは私です!」だなんて!!)
二郎のその言葉に、アストラは動揺を隠せずにいた。
だが、ここで彼に真実を明かすわけにはいかず、なんとか誤魔化すしかないと口を震わせながら開く。
「な…なぜだ?ももも…もう過ぎたことなんだから…き…君が気にすることは、あ…あるまい?」
そう言って苦笑いを浮かべるが、噴き出す大量の汗とチラチラと泳ぐ視線は隠すことはできず、二郎からは完全に疑いの目が向けられている。
(まっ…まずいまずいまずい!!完全に疑われている!なぜ勘づかれた!?なぜだなぜだなぜだ!!)
視線を逸らして誤魔化そうとしながら、その理由について必死に考えてみたが、思い当たる節が全くなかった。
だが、アストラはすぐに切り替える。彼に疑われている理由が何にせよ、まず先にやるべき事があるからだ。
(か…彼の死の原因が、じ…"自分"であると言うことは絶対にバレちゃだめだ!何とかして隠し通さねば…!)
そう思い、言い訳しようと二郎を見たその瞬間、彼が大きくため息をついた。それに虚をつかれたアストラはごくりと喉を鳴らす。
「気にするさ。俺はその人のために死んだんだから。鈴木二郎としての生き様…いや、死に様には意味を持たせたい。その人が今も元気に過ごしている…それだけでもわかれば、次の人生を胸を張って歩めると思うんだよ。」
腕を組み、わざとらしくウンウンとうなずく二郎の言葉に、アストラは冷や汗が止まらない。会話のアドバンテージは完全に二郎に取られ、精神的に追い詰められて挙動不審に陥っている。
だが、涙を浮かべるアストラに対して、二郎は言葉を緩めることはしなかった。まるで、神の手のひらの上では絶対に踊らないぞと言わんばかりに、アストラを畳み掛ける。
「どうしたんだ?神様なら、それくらいわかるんじゃないか?それとも、もしかして俺は彼女を守りきれなかったのか…それだと生き返る意味はないなぁ…」
「い…いや!そ…そうではなくて…君はその女性を守ったんだ!それは間違いない!だ…だが…」
「だが…?」
完全に自分が優位な立場だと確信した二郎が、笑みを浮かべて自分を見ている。
(うぅ…も…もう無理だ!誤魔化しきれない!どうしよう…)
アストラの頭の中は、すでに真っ白だった。
1ミリの言い訳すら思いつかないのだから、彼を誤魔化すことなど到底無理である。
因みに、彼女は諦めの速さは神界で随一を誇っている…と言うのは余談であるが、これ以上は無理だと悟ったアストラは、観念したように大粒の涙をこぼして泣き始めてしまった。
そして、彼女が次に発した言葉に、二郎は驚く事になるのである。
◆
目の前で号泣する女神アストラを、俺は見下ろすように眺めていた。
この様子からすれば、俺が死ぬ直前に助けた女性はこのアストラで間違いない。あとは、彼女自身に認めさせれば、それを理由にこの体の持ち主であるソフィアのために、条件一つをアストラへ突きつけることができる。
俺は勝ち誇ったように小さく笑みをこぼしたが、彼女が次に発した言葉は思いもよらないものであった。
「ゔゔ……グスンッ…だっでぇ…じがだないじゃないがぁ…私は…お前のごど…ジュニア時代から追いかげでぎだんだぞぉ!!」
「え…?」
予想していた回答ではなく、突然のファン宣言に俺の思考は一瞬停止する。
だが、目を丸くしたまま、言葉を失っている俺とは対照的に、アストラは大粒の涙をシャワーのように流し続けてこう告げた。
「『西海ドルフィンズ』のドライアヴドに落ぢだ君が、不憫でならなぐでぇぇぇ〜…我慢じぎれなぐで慰めだぐで…ひっく…人間の振りして近づいだらぁ…君、車に轢がれで死んじゃうんだもん!!大監獄にば行ぎだぐないじ…げど、君は生ぎ返っでぐれないじ…いっだい、どうじろっていゔんだよぉ〜!」
アストラが聞いてない事までペラペラと話し出したことには呆れたが、まさかそんな事まで知っているのかと俺はため息をついた。
『西海ドルフィンズ』の件は誰にも話すつもりもなかったし、そもそもそれ以前に俺は死んでしまったのだ。だから、それを知っているのは、おそらく行きつけの居酒屋の大将くらいだろうけど、大将がこの女神と知り合いだとは到底思えない。
そう考えれば、アストラが本当に神様だと認めざるを得ないかもしれないが、自分のファンだと言うのはいったい…
未だに泣き続けているアストラに対し、どう声を掛けたものかと頭を掻きながらも、俺は一つ提案を投げかけた。
「あのさ…何があったのか本当のこと、教えてくれないか?」
その言葉に蚊が鳴くようにシクシクと泣いていたアストラは、鼻をすすって小さく頷くと、俺が死んだ日のことを話し出した。
◆
街灯がポツポツと灯る夜道を、コソコソと身を屈めて移動する人影がある。その人物は、白いTシャツとジーンズを身に纏い、暗闇でもわかるほど綺麗な金髪を携えていた。
「さて…この辺りのはずだが…」
電柱の影に隠れたままキョロキョロと辺りを見回して、アストラはそう呟いた。
地球の時間軸では今は22時くらいだが、辺りを白く照らす月明かりが眩しく感じられる。
地上である人物を探すために神界を抜け出して来た訳だが、何の準備もしてこなかったのは失敗だったと、アストラはため息をついた。いくら神とは言えども、神通力だけで特定の人物を探すには少々骨が折れる。
だが、その人物が先ほどまで何をしていたかは確認してきた訳だから、いつも通るこの道で待ち構えていれば必ず会えるはずであった。
空には綺麗な月が浮かんでいる。
…と、その時だった。
予想外にも、後ろから近づいてくる足音にハッとして振り向いてみれば、見覚えのある人影がこちらに向かって歩いてきているではないか。
「はわわ…ま…まずい…!彼だ…!こ…このままでは…」
そう…このままでは、電柱に隠れて待ち伏せているただの変質者にしか見えない。急いで距離を取らねばと走り出したアストラだったが…
「ぎゃっ!」
焦って足が絡まり、その場に顔からズッコケてしまう。だが、泥だらけになりながらも、すぐさま立ち上がって近くの横断歩道まで駆け抜ける。
だが、今度はその色に驚いた。
(まままま…まずい、赤だ!こ…このままだと、ききき…気持ちの整理がつく前に、かか…彼に会うことになってしまう!)
焦る気持ちを抑え、早く変われと祈ってみるが、信号はなかなか変わってくれない。
焦りが募る中、後ろを見ればゆっくりと近づく彼の姿が…
(ええい!こんな時間だ!車など来ないだろう!渡ってしまえ!)
そう決心して、赤のままの信号を渡り始めた瞬間、後ろから視線を感じてギクリとする。
それは、明らかに彼の視線だと確信できたからだ。
だが、無意識にその視線を確認しようと、振り向いたのがまずかった。躓いて足がもつれ、アストラは尻もちをつき、道路の真ん中に座り込んでしまったのだ。
「痛ぁ〜…」
お尻をさすりつつ立ち上がろうとしたが、今度は左側から近づいて来る人工の光に気づく。
(げ!車だ!何でこのタイミングで…!?)
激しいエンジン音が近づいてくる。ヘッドライトが眩しくてよく見えないが、乗用車か何かのようだ。
しかし、いくら神とは言えど今は生身の姿。このまま車にぶつかれば、死ぬことはないがタダでは済まない。
急いで逃げなくてはと思い、咄嗟に立ちあがろうとした瞬間、今度はいつの間にか目の前にいる彼の姿に驚いた。
どうやら助けに来てくれたようで、彼の優しさと勇気についつい惚れ惚れしてしまう。
だが、立ち上がろうとしているアストラと、助けようとしている彼…そのあべこべが不運を呼んだ。
(あっ…)
アストラの体は彼の腕に押し出され、その代わりに目の前で彼が倒れ込む。
一瞬、彼と視線が合い、綺麗な澄んだ瞳、努力を惜しまない誠実な瞳に目を奪われる。
だが…
文明の利器は、時に人へと牙を剥く。
目の前を過ぎ去っていくエンジン音、それと同時に骨を砕く音と肉を潰す音。それら重なり合う音は、まるで一種のハーモニー…いや、ユニゾンと言うべきか。
そんなことを不謹慎にも考えていると、車の急ブレーキの音で現実に引き戻され、静かに目を落としたその先に彼の遺骸が…
アストラは、思わず叫んでしまった。
「はわわわわわわぁ〜!!死んじゃったぁぁぁぁ!!」
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