8ストライク ソフィアは運命、なら俺のは…?


「その少女と話すといい。」 



 突然、女神にそう告げられた俺は戸惑った。

 だが、アストラは完全に落ち込んで俯いてしまい、それ以上は話さなくなってしまっている。


 えーと…どうやって話せってんだよ。この少女と話せって言われても、今は俺がこの娘自身だっていうのに…

 名前を呼んだらいいのか?念じるの?えっ…と…この娘の名前は確か…ソフィアだったっけ?

 

 そう疑問を浮かべている俺の頭の中に、突然可笑しげに笑う声が響いてきた。



『お兄ちゃん…あたしの声聞こえる?』 



 突然の事で驚いたが、その声からは幼くも何か決意を固めているような…そんか芯の強さが感じられる。



「あ…あぁ…聞こえるよ。君が…この体の持ち主かい?」


『うん、私はソフィアって言うんだぁ…って、そうか知ってるんだっけ。でも、正確には今のお兄ちゃんもソフィアだから…なんだか今の私たちって面白い状況だよね!』



 ソフィアはそう子どもらしく純粋に笑った。

 しかし、3歳にしては少し大人びている?それに、楽しげなその声もどこか無理をしているような…悲しさを纏っているように感じられる。

 3歳の少女とこんな形で話すことになるとは、人生何があるかわからないななどと考えつつ、俺はとりあえず本題を切り出すことにした。



「あの女神から、君と話せって言われたんだけど…」


『うん…知ってるよ。私もそう言われて、アストラ様から呼び出されたところだから。』


「そうかい。俺の方は、君と何を話せばいいのかイマイチよくわかってないんだけど……女神様から何か聞いてるかい?」



 だが、俺がそう尋ねると、ソフィアはなぜだが黙り込んでしまった。変な事を聞いたつもりはなかったんだが、どうしたのかと少し焦ってしまう。



「お…おい…大丈夫かい?俺、今何か変な事…聞いたかな。」



 すると、そんな俺の様子に気づいて、申し訳なさそうな声が返ってきた。



『…ううん、私は大丈夫だよ。ごめんね…ちょっと、どう伝えようか迷っちゃって…』



 先ほどの元気の良さがなくなっているようたが…

 その言葉から推測するに、やはりあの女神から何か言われているようだ。3歳の少女に俺を説得させようなど、いったいアストラは何を考えているんだか。

 女神への疑心を募らせつつ、俺はソフィアへと問いかける。



「俺に伝えたいことがあるのかい?それなら、何でもいいから言ってみてくれないか?」

 


 その問いかけに、ソフィアは再び少し間を置いた。話してくれるだろうかと少し懸念していたが、静かな時間が少し続いた後に、再びソフィアの声が聞こえてきた。



『私ね…ボールを頭に受けた時に脳の一部を損傷しちゃったみたいなんだ…だから、このまま私が目覚めたとしても、障害を背負ったまま生きていかなきゃならないの。』


(な…!?)



 あまりの衝撃に言葉が出なかった…

 その事実にもそうだが、こんな小さな子が自分の身に起きた事実を理解してしまっている事に対しても…

 俺は複雑な気持ちで彼女へ問いかける。



「そ…それは……治らないのかい?」


『うん…残念だけど…』



 なんと残酷なことだろうか…

 隠せない驚きと共に、アストラへの怒りが込み上げてきた。このようなひどい事実を、こんな幼気な少女の口から言わせるなんて。

 おそらく、アストラの思惑はこうだろう。ソフィア本人の口から直接言わせる事で、この事実に真実味を持たせ、俺に同情させたい。そして、俺に転生すると決意させたいのだろう。


 しかし、苛立ちを募らせつつも、俺の頭は冷静だった。そして、その冷静さは女神の思惑にある矛盾にも気づいていた。

 そもそも、障害を負った状態の体で目を覚ましても、体が動かないのであれば俺にメリットはない…にも関わらず、アストラは俺に転生させようとスポーツの話をした。


 動けない体に転生させようとする意味は何だ…この矛盾は…なんなんだ?


 俺がそう考えを巡らせていると、ソフィアは俺が何を考えてるのか気づいたのだろう。小さく笑って説明してくれた。



『お兄ちゃんが今心配してること…私わかるよ。でも安心して。アストラ様はお兄ちゃんが目を覚ます時に、ちゃんと治してくれるはずだから。』



 そんな事ができるのかと驚いた。さすがは神と名乗るだけあると納得してしまう。

 しかし、まだ腑に落ちない事があるのも事実だ。



「そう…なのか…?それなら、アストラに頼んで頭を治して貰った状態で、君が戻ればいいじゃないか。」



 これは正論だろう。俺はそう自信を持ってソフィアに伝えるが、ソフィアはすぐにそれを否定する。



『だめだよ。私の身に起きたことは私の運命なの。それは神様にだって勝手には変えられない。だから、私は治らないの…』



 それを聞いた俺はその理不尽さに落胆し、同時に再び湧き上がる怒りから、つい目の前のアストラを睨みつけてしまった。

 俺なら治すのに、ソフィアはだめだなんて…そんなことがあってたまるか…


 しかし、これを彼女に抗議したところで、それこそ運命だと言われて片付けられるのがオチだろう。神とは理不尽な存在であると、何かの文献で読んだことがあるからな。

 

 そう考えながら、俺は鋭い視線をアストラへと向ける。アストラは相変わらず落ち込んだ様子で俯いていたが、俺の視線に気づいてこちらを向く。


 そこでふと……彼女と視線が合った。

 エメラルドブルーの綺麗な瞳が、俺を悲しげに覗いている。




 その瞬間だった。

 なぜかはわからないが、俺の中で何かが突然閃いたのだ。


ーーー見た事がある…この瞳を、俺は覚えている。


 そう思った瞬間、頭の中に死の直前の記憶がはっきりと蘇ってきた。

 横断歩道の上で倒れ込み、見上げたその先で、月明かりとともに輝くエメラルドブルーの瞳…死の間際に俺を見下ろす瞳が、アストラの瞳と重なった。

 そして、それを認識した瞬間、今度は今まで彼女に感じていた違和感の正体を理解する。

 そう、俺が死の寸前に見上げていた女性…あの時の女性は、このアストラだったと言うことに。


 それに加えて、アストラとソフィアの話に矛盾がある事にも気づいた。


 ソフィアは、運命には神でも逆らえないと言った。だから、自分の体は治らない、と。

 じゃあ、俺はどうだろうか…ソフィアと同じように死の原因が"運命"なのであれば、アストラは何も出来ないはずである。


 だが、彼女は俺を生き返らせようとしている…


 俺は、ここまで考えて大きく息を吐いた。

 死ぬ直前に、自分が何をしようとしたのかは思い出している。車が接近する横断歩道で、転んだ女性を助けようとしたのだ。そして、その時に目の前にいたのはアストラだ。

 

 これが何を意味するのか…


 そう…俺の死は運命ではなかったのではないだろうか。俺はあそこで死ぬはずではなかった。だが、俺は死んだのだ。そして、そんな俺の死に、アストラが関わっているのだとしたら…


 俺はすぐに自分の意識をソフィアに戻して、彼女へ話しかける。



「君の事情は理解したよ。障害が残るとわかっている体に戻るのは…そりゃ誰だって怖いよな。だから、俺にこの体で人生を歩んでほしい…君の考えはそういうことなんだよね。)


『うん…その通り。ごめんなさい…わがままだよね…』


 申し訳なさそうに、悲しげな声で小さく呟くソフィア。そんな彼女に対して「そんなことないさ。」と答え、再びアストラに視線を向ける。



「…あんたの提案を受けることにするよ。」



 それを聞いたアストラは、表情を明るくして飛び上がった。今までの悲しげな落ち込んだ雰囲気は、どこへ行ったのか。善は急げというように、話を進めようとする。



「そうかそうか!良い判断だ!では、改めて人生再挑戦の条件を…」


「その前に、一ついいか?」



 俺のその言葉に、アストラは再び怪訝な顔を浮かべた。出鼻をくじかれたことに落胆し、「またか。」というようにため息をつく。

 だが、俺はそんな彼女の態度を気にすることなく、自信を持って一つの質問を彼女へ投げかけた。



「生前に俺が助けた人…その人が無事かどうか確かめたいんだが…」


「えっ…!?」



その瞬間、明らかにアストラの表情が一変した。

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