7ストライク 女神の切り札
(な…彼は何を言っているんだ…!?)
アストラは驚愕した表情を浮かべていた。開いた口が塞がらないとは、まさにこの事である。
(た…ただで生き返ることができるんだぞ!?それを…棒に振ると言うのか!いったいなぜだ…あぁ〜やばい…理解できない…人間とはどうしてこうも…!!)
顔が引き攣り、ついつい怒りが込み上げてくる。
だが、怒りに任せて、目の前の"彼"を消すことはできない…それは絶対にしてはならないのだ。
そんな自分の様子を見てか、目の前の少女は少し勝ち誇ったようにクスリと笑って、その理由を話し始めた。
「だって、鈴木二郎としてやり直すことはできないんじゃ、意味がないんですよ。俺はプロ野球選手になりたかったんだから。それに、この娘の人生を横取りするようなこと…俺にはできません。」
冷静にそう告げる二郎の言葉に納得がいかないアストラは、彼をなんとか説得しようと、湧き上がる怒りを抑え、必死に言葉を綴っていく。
「た…た…確かに鈴木二郎としては無理だ。だ…だが、もう一度人生をやり直せるんだぞ?!そもそも、そ…その体は君の魂が転生した際に構築された体であってだな…き…君の体と言っても差し支えはないんだ!き…記憶が戻ったことだって……!」
アストラはそこまで言って、慌てたように口を噤んだ。
二郎は、そんなアストラの態度を訝しみつつも、気にせずにさらに言葉を綴る。
「でも、この世界ではこの子の人格が先に生まれたんですよね?もし、俺が逆の立場でいきなり体を横取りされたら…なんというか…悔しいです。それに、この娘の魂を消すなんて、そんな人殺しみたいなことできませんよ。」
正論を突きつけてくる二郎に対し、アストラはさらに表情を濁らせた。もどかしさと焦りが、彼女の心に募っていく。
(ぐぬぬぬ…私の言う通りにしておけばいいのに!素直に生き返っとけよ!あぁ〜もう!確かにこの真面目さが、彼の最大の良さなんだが…まさか、ここで私に立ち塞がる要因になるとは…!)
そう悔しげな表情を二郎に向け、アストラは説得を続けた。
「こ…これは君にとってビッグチャンスなんだ!事故で死んだ君は本来なら記憶を消され、き…綺麗な魂のまま転生させられるはずだった。しかし、君は記憶を取り戻し、やり直せる人生が目の前に飛び込んできた。これはチャンスなんだぞ!だ…だというのに、そのチャンスを棒に振ると言うのか?」
焦りから言葉が震え、声が裏返ってしまう。
だが、アストラはここで諦めるわけにはいかなかった。すでに戻れないところまで来ているのだから…しかし、このまま彼が生き返らないことを選択した場合…その事を考えると、体はさらに震え、冷や汗が湧き出してくる。
自分を見据える意思の強い瞳を見ながら、アストラは二郎に必死に食らいついた。
「わ…私は、今まで数多くのスポーツ選手を見てきたが、お前ほど自分に厳しく、ストイックで、成功に飢えていた選手は見たことがない。こ…これは単なる褒め言葉ではないぞ!ス…スポーツの女神として、本心から感じたことだ!チャンスを掴み取ることこそ"スポーツマンの矜持"だと、私は思っているのだが…お前の中では違うというのか!?」
すると、小さくだが、彼が反応を見せた。
彼の表情に一瞬だけ迷いが生じた事を、アストラは見逃さなかった。
"スポーツマンとしての矜持"
どうやら、その言葉が功を奏したようで、彼が何かを悩み始めた姿を見て、アストラの顔にも安堵の表情が浮かぶ。
彼もやはりスポーツマン。目の前にチャンスが転がっていたら、人を蹴落としてでもそれを手に入れるべきであると、心の奥底ではで理解しているのだ。そうでなくては、スポーツの女神として彼への評価のしがいがない。
アストラはそう心の中で頷いていた。
スポーツに、エゴイズムは付き物であり、勝者の下には必ず敗者がいる。そして、これまでチャンスを掴むために、彼がその厳しい世界に身を置いてきたことを、アストラはよく知っている。
だからこそ、彼がこれまで培ってきたその精神に問いかけたことで、頭を縦に振ってくれるかもしれないと感じ、アストラは期待を持って彼の様子を見守っていた。
しかし…
「………やっぱり無理です。」
二郎も悩んだ挙句に出した答えだろうが、その言葉を聞いたアストラは膝をついて絶望する。
(これでも…これでもダメなのか!なぜそこまで頑なに拒むのだ!!)
そう心の中で叫び、地面を殴りつけるアストラ。そんな悔しさから脱却できずにいるアストラの様子に、二郎も困っており、見兼ねた様子で静かに理由を話し出した。
「確かに、スポーツマンとして選択をするべきは"YES"だと思いますよ。生き返ることができる…普通なら、こんなチャンスは滅多にないんだから、絶対に逃しちゃいけない……。」
そう告げる彼の声は、落ち着いていた。
まるで、すでに諦めはついていると言わんばかりに…
アストラも、それに気づいて顔を上げる。視線の先にある少女の瞳の奥には、確かに二郎の意志が感じられた。
彼は静かに目を瞑ると、こう告げる。
「だけど、俺の選択次第でこの体の本来の持ち主…この娘は実質的に死ぬ事になる。それは、人を殺す事と同義だと思うんです。そして、それを選んだ時、俺の中で何かが変わってしまうかもしれない…」
二郎はゆっくりと目を開き、その瞳でアストラを捉えた。アストラは強くて真っ直ぐな瞳に心を奪われる。少女の真紅の瞳に、二郎の漆黒の瞳が重なっているように錯覚すらしてしまうほど…
「俺だって生き返れるなら…そして、野球ができる事ならそうしたいです。人の本質は自己保身ですよ。みんな自分が可愛いんだから…人生をやり直せると聞かされれば、そうしたいと思うのが普通です。」
悲しげにそう告げて、二郎は目線を下げた。そして、小さくため息をつく。
「だけど、やっぱり俺には……この子の人生を奪ってまで人生をやり直したいとは思えないんです。」
そう俯いた二郎を見て、アストラも座り込んだまま大きくため息をついた。おそらく彼は、今後自分が何を言っても頷くことはないだろう。彼からは、そんな意志の強さがひしひしと感じられる。
だが、それでもアストラは引き下がる訳にはいかない。そうしなければならない理由が彼女にはある。
なぜなら……二郎の魂が転生する直前に、その記憶を魂の裏側に縫い付け、転生後にそれが蘇るように仕向けたのは自分なのだから。
そしてそれは、神界の掟に背く行為でもあった。
一つの魂には、一つの記憶しか存在できない。本来であれば、二郎の記憶は魂の浄化と共にリセットされ、ソフィアと言う少女の記憶に生まれ変わるはずだった。
だが、アストラは二郎の記憶が消えないように細工を施し、その結果、ソフィアの魂の裏側には、二郎の記憶が残された。
神界では、生き物の体と魂と記憶の数を把握し、その数に乖離がないかどうか常に監視している。彼の記憶がこのまま消え去れば、その記録は乖離として残り、必ず管理者に気づかれてしまう。
彼らの鼻は鋭い…摂理に背いた行為は、絶対に見逃さない法の執行者たちだ。今までも、隠れて掟を破った神は多く存在したが、彼らは等しく管理者に捕らえられ、地底深くの監獄へ幽閉されてしまった。
直接見た事はないが、神でさえ恐れをなすと言う大監獄…そんな場所へなど、絶対に行きたくはない。
アストラは何かを決心したように立ち上がると、少女の姿をした二郎へと向き直った。
「わかった。これが私が切れる最後のカードだ。」
その言葉に、二郎は何事かと不思議そうな顔を浮かべているが、アストラは静かに目を瞑ると、小さくこう呟いた。
「その少女から直接話を聞くといい。」
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