14ストライク ジルベルトの真意?
さて、俺がソフィア=イクシードという少女に転生して、まもなく一年が経過しようとしていた。
イクシード家の家族の一員となり、この世界で過ごし始めてから、もうそんなに経つのかと感慨深くもなるが、その反面、いろいろと大変な事も多かった。
だって、今の俺は体は女で心は男……
男として生きてきた俺には、女性としての生活なんて想像もできなかった。
中でも、一番大変だったのはトイレとお風呂だった。
そもそもトイレは水洗などなく、家の外に造られた簡易便所で用を足す。それがここの常識だったし、もちろん、汲み取り式なんてものもある訳がなく、ただ地面にするだけだ。だから臭い。
それだけでもけっこう衝撃的だったが、他にも…こういろいろと…女性の体だし…その…"文化"の違いがあってだな……察してほしい。
一方で、お風呂には母であるニーナと入ることもしばしばあったが、これは本当によくなかった。
なぜなら、彼女は三人の子供を産んでいるとは思えないほど、魅惑的なボディを持っていたからだ。
これは不倫になるのか?浮気か?ワンナイト…いやいや、親子だぞ!?
少女の姿ではあるが、いい歳した大人が女性の裸を見てあたふたする姿は見るに耐えない。しかも、相手は人妻…そして、自分の母親でもあるのだ。俺が俺自身を制することに苦労したことは言うまでもない……とは言っても、自制するモノはもう付いてないんだが。
しかし、貞操観念的にマズいと感じた俺は、毎日のお風呂は父であるジルベルトと一緒に入ることにした。
歓喜する父親、その一方で落ち込む母ニーナ…そんな二人の雰囲気により、一時的に家の中に不穏な空気が流れていた事も今となっては笑い話である。
とまぁこんな感じで、俺はソフィアとして異世界生活を過ごしてきた訳だが、楽しく聞こえるこの生活も初めの数ヶ月は大変だった。
一年前、俺が起こした特大ホームラン事件…
3歳児の俺が、特大どころか空の彼方へと消えるほどの打球を放った事で街は大騒ぎになり、街の連中が俺の事を"ベスボルの申し子"だとか、"神童"だとか、終いには俺をベスボル選手にするべきだと囃し立てたのだ。
それには、俺の父親であるジルベルトも黙っておらず、無責任な事を言う街の連中に激怒し、大人気なくもその年の"魔物狩り"は行わないと言い出したのである。
"魔物狩り"はイクシード家の仕事であるが、実は義務ではない。イクシード家は、あくまで志願という形でこの地にやって来ただけで、帝国も彼らに命令まではしていない。
したがって、"魔物狩り"はジルベルトの采配一つ、と言うことになるのだが、これにはさすがに街の人間も困ってしまった。ジルベルトに魔物を狩ってもらわなければ、農作物や家畜に被害が及ぶし、最悪、人が死ぬ事だってある。魔物とはそれほどまでに危険な生き物だが、ここサウスにおいて、現状では奴等を狩れる者はジルベルト以外にいない。
なので、街の連中はジルベルトの機嫌を直そうと、何度もうちに足を運んできたが、彼は決して頭を縦に振ることはなく…気づけば、魔物が活発になる季節が目の前まで迫っているという事態にまで陥ってしまったのである。
これを見兼ねた領主ダンカンが、うちを訪れたのだが…
「ジルベルト、すまなかったな。今回の事は、領主である俺の落ち度…街の皆を止められなかった事が一番の原因だ。この通りお詫びする。」
俺たち家族の前で頭を下げるダンカンに、ジルベルトは怒りを吐き出す。
「まったくだ!俺の可愛いソフィアをベスボル選手にしろだなんて、ふざけた事を抜かしやがって!無責任にも程がある!」
ジルベルトはそう言って、机に拳を叩きつけた。
決してお前のではないがな、と心の中でツッコんでいた俺も、ジルベルトのその態度には驚いた。親として怒ることはあったけれど、ここまで怒りを露わにするジルベルトは初めてだった。
反応が気になってダンカンに目を向けると、彼は顔を上げて、街の連中の言葉を付け加える。
「お前の言う通りさ。街の連中からの言伝だ…調子に乗ってすまなかったとな。皆、この街からベスボル選手が出るかもと思い、有頂天になっていたんだよ。それだけ、今の帝国内ではベスボル人気が絶大ってことだ。」
ジルベルトはその言葉に鼻を鳴らすと、拗ねた子供のように顔を背けた。
そこまで怒る事なのだろうか。ダンカンさんも、わざわざこうやって謝りに来てくれたのに…まったく大人気ない。
「ソフィア、気にしてないよ?ゆるしてあげよ。」
これ以上は不毛だろう。
そう考えた俺の一言で、結局ジルベルトが折れる形となり、その年の"魔物狩り"は予定通り行われる事となった。
俺としては、ダンカンのお陰で“ベスボル"がどれだけ人気なのかわかったため、俄然やる気に溢れていたが、帰路に着くダンカンの背中を見送っていた時、ふとジルベルトの横顔を見て息を飲んだ。不服そうな表情の中に、彼が一瞬だけ喪失感を漂わせた表情を浮かべたからだ。
どうしてあんな顔をしたのかはわからないが、それはいつの間にか俺の記憶に深く残り、後にその真意を知ることになる…
それから数ヶ月後…
誕生日を迎えて4歳になり、いろいろとできる事が増えた俺は、ベスボル選手を目指すために今からやっておくべき事について考え始めた。
一度プレーしてみて思ったんだが、ベスボルのルールは野球とほとんど変わらなさそうだ。投手が投げ、打者が打つ。野手が守り、走者はホームを目指して駆け抜ける。
だが、道具の違いや細かいルールなど、ベスボルに関する基本知識は全くわからないと言うのが現状だ。知るべき事、やるべき事は山積みなのである。
という事で、俺はまずニーナやジルベルトの手伝いをするように努めた。良い子であることはとても大切だ。何かと都合が良くなるからな。
それに、今の俺に必要なのはベスボルに関する基礎的な知識であり、これらを知るために何が必要なのかはすでに頭に浮かんでいた。
幸いにもこの世界の本の歴史は長く、製本技術は高そうだ。街に行けば本屋があり、たくさんの本が目に入る。イクシード家では月に一度、必要な生活用品を買いに街に出るため、その時を見計らって本屋に赴き、良さげな書籍を選別した。
そしてある時、俺は父ジルベルトにある一冊の本を所望したのだ。
もちろん、日々の手伝いはこの為の布石である。
『これがあれば、ベスボルの全てがわかる!』
単純なタイトルだが、内容に間違いがないことはすでに確認済みだ。これさえあれば、ベスボルを学び、今の俺がするべきことを洗い出し、当面の目標を立てることができるはず!!
そう考えていたのだが…
「だーめ!そんな本、ソフィアには必要ないの!」
ジルベルトはあっさりとそれを否定した。
え?なんで…?
ジルベルトの態度に、俺は肩透かしを食らったように唖然としたが、すぐに我に返ってその理由を聞く。
「どうしてぇ!これ欲しいの、ソフィアは!」
「ダメダメ!ソフィアはベスボルなんてしないの!それよりも、あっちの絵本コーナーにしないか?」
「いやぁ!これがいいの!」
だが、ジルベルトはダメだと首を横に振った。俺がどう言おうと絶対に首を縦に振ることはなく、頑なに買うことを拒むジルベルトに、俺は子供限定の必殺技を再び繰り出すことを決心する。
…そう、『駄々をこねる』だ。
「やぁぁぁだぁぁぁぁぁぁ!!これが欲しいぃぃぃのぉぉぉぉ!!」
周りの目を気にすることなく、その場で寝転んで手足をジタバタとさせる俺。そんな俺を見た兄のアルは、どうしていいかわからずにあたふたとしている。
どうだ、ジルベルト!愛しい娘が欲しがっているぞ?さぁ、娘の好感度が欲しいならば、諦めて買うんだ!その本をな!
俺は内心で勝ち誇っていた。この『必殺技』を出せば、ジルベルトはうんと言わざるを得ない。今までもそうだったから、もちろん今回も…
だが…
「だぁ〜めぇ〜だ!」
ジルベルトはそう言うと、少し険しい顔をして俺を担ぎ上げ、アルと本屋を後にする。
脇に抱えられた俺は不満を浮かべ、これでもかとジタバタしてみたが、ジルベルトの力に勝てるはずもなく、今回は仕方ないと諦めた。
だが、どうにも納得がいかない俺は、彼の顔を見上げた瞬間にハッとしてしまった。
彼の顔には、ダンカンを見送っていた時に見せた…あの喪失感を漂わせた表情が浮かんでいたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます