第95話 落ちこぼれの賢者

「ウチらマジやばなシチュじゃね?……もう夜になっちゃうしー」


「この人、放ってはおけんしなあ。リーリちゃんどうしよか?」


「……クロちゃんに頼るしかないかもね」


「えーアイツ? 役に立たなそうじゃねー」


「私もあのエルフ、なんか信用できんわー。そもそも助けてくれなそうや」


「うん、言っといて私も微妙なんだけどね。だけど、それ以外なんにもできないし。エルフだったら“呪い”のこと、なんか知ってるかもだし」


「まあ、そやけど……」


「私、もう一回マヌーフの森に行ってくる。二人はここで看病しながら待ってて」


「えー! 今から? マジで言ってんの? リーリちゃん、真っ暗になっちゃうしー」


「真っ暗は怖いけど、でも急がないと手遅れになっちゃうから」


 リリアはうなされているヴァンサンの方を見た。エスメラルダとルイーズも続く。確かに顔色がどんどん悪くなっており、生気もなくなっている。


「わかったわ、リーリちゃん。私たち、ここで待っとるわ。頼むで!」


「リーリちゃん、マジすげー! 尊敬するわー」


「フフ、まあそんな簡単に私にバカンスは訪れないってことね、ま、そういう星の元に生まれちゃったから仕方ないねー、アハハ」リリアは独り言を言った。


 しかし、それは二人にも聞こえていた。


「どういう意味?」エスメラルダが訊いた。


「あ、いや、なんでもない。じゃ、行ってくるねー」リリアは全力疾走で山道を引き返していった。


 その後ろ姿を見送るエルメラルダとルイーズ。


「リーリちゃん、男やったら惚れてまうわ」


「うん、マジかっこいいしー」


「さ、私たちもやることやるで。この人を楽な体勢で寝かすんや」


「了解だしー。クッションがわりになるもの見つけてくるしー」


 リリアは二十分ほど走ると、後ろを振り返った。太陽は山の陰に隠れ、夜の帳が下りている。ビルバッキオの街の明かりも見えない。5km以上は走っただろうか。


──もういいかな。


 誰もいないことを確認した後、リリアは腕を突き出し、手のひらを上に向けて呪文を唱えた。


「炎の精霊よ。光の玉となり我が道を照らせ」


 手のひらから、リンゴくらいの大きさの火の玉が数個生み出され、ホタルのように宙を舞い、辺りを照らし出した。足元もしっかり見えている。十分な明るさだ。


 リリアはワンピースのスカート部分を結び、膝上の丈にした。ここからは悪路が続く。少しでも走りやすいようにしたのだ。


──何が異種間恋愛はタブーよ。素敵な人に出会って、恋して、呪われるなんてことあっちゃいけないよ! きっとものすごいハードルなんだろうけど、あの男の人とクロちゃんのお姉さんには絶対に幸せになってほしい。


 リリアは他人の失恋話は大好物だが、それ以上に人の恋を応援することが大好きだった。他人であっても幸せそうな顔を見ると、自分がその幸せを少しだけお裾分けしてもらっているようで、元気になれるのだ。それは勇者として生まれたリリアの生来の気質だった。


 マヌーフの森には1時間も経たずに到着した。昼間に来たときよりも巨木の威圧感は増し、引きずり込まれそうな暗闇が広がっている。


「クロちゃーん!」リリアはクロアを呼んだ。暗闇がその声を吸収していく。やがて、何事もなかったように静寂があたりを包んだ。


「留守? はぁ……ルイーズちゃんの言った通りかも。役立たずめ!」


「堂々と悪口言ってんじゃねえよ」声がしたと思ったら、木の幹からすぅっとクロアが姿を現した。


「クロちゃん!」


「ってか、お前、魔道士だったのかよ」クロアはリリアの周りを飛んでいる火の玉を見て言った。


「魔道士ってわけじゃないけど、火炎魔法が使えるのよ、私」


「ふーん、やるじゃん」


「でさあ、クロちゃんのお姉さんの恋人に会ったんだけど」


「ヴァンサンか?」


「そう、そんな名前の人!」


 リリアはヴァンサンが行き倒れていたこと、ビルバッキオの街に入れてもらえなかったこと、“呪い”のことをかいつまんで説明した。


「ねえ、クロちゃん、何か知らない? どうしたらヴァンサンさんを助けられる?」


「俺だってわかんねーよ!」


「やっぱり、あなた役立たずなの!?」


「お前なあ……ま、確かに客観的に見ると、現状、そういう評価になってもおかしくねえか……」


「ね! なんでもいいから、“呪い”を解く方法のヒントになるようなことを!!あなたエルフでしょ? エルフっていったら<森の賢者>でしょ? 知らないことなんてないはずよ!?」


「お前に一つ教えといてやる」


「?」


「エルフってのはな、人間が考えるような聖人君主みてえなヤツばっかりじゃねえわけ。確かにエルフであることに誇りを持って、そういう振る舞いをしてるやつが大多数だが……違うやつもいる」


「あなたは違う方?」


「ハハ、そうだ……俺は<森の賢者>の落ちこぼれなんだよ」


「あ、ようやく認めた」


「うるせっ! チッ……仕方ねえな、婆ちゃんに会わせてやるよ。婆ちゃんに聞くしかねえ」


「婆ちゃん?」


「婆ちゃんはな、俺と違って偉えんだ。エルフの元老院議員なんだぜ」

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