第94話 タブー

 リリア、エスメラルダ、ルイーズの三人は行き倒れの男を悪戦苦闘しながら抱え上げ、木陰へと運んだ。


 本当はリリアひとりで余裕で運べるのだが、あえて力のないフリをした。


──こんなとこで勇者だってバレたくないもんね。せっかく普通の女の子として女子旅やってんのに。 


「ひどい熱やわ、エスメラルダ、脈は?」


「脈は安定してるね。とりあえず熱下げないとやばいかも」


「解熱剤あったっけ?」


「当然っしょ」


 エスメラルダとルイーズはテキパキと応急処置を施していた。


「エスちゃんとルイーズちゃんってもしかして看護師?」リリアが訊いた。


「私はお医者さんやで」ルイーズが答えた。


「ウチは、薬剤師だしー」エルメラルダが言った。


「すごい! かっこいいね!」


「そんなにかっこいいわけやないで。世襲や」


「そ。二人とも親がそうだからってだけ」


 ルイーズはかばんから聴診器を取り出して男の胸にあてている。


──なんで旅に聴診器もってくるの? ハハ、これじゃまるで野戦病院だね。


 リリアが魔王と戦っていたころ、魔王討伐軍には多くの医師や看護師が帯同して、怪我の手当てをしてくれていた。手足がなくなったり、大量の出血をしたりと致命的な怪我を負う者も少なくない中、彼らの奮闘がリリアたちの戦いを支えてくれていた。そんな訳だから、リリアの医療従事者への信頼と感謝は人一倍だ。


「あ」ルイーズが何かを見つけて固まった。


「どうしたの? ルイーズ」エスメラルダがルイーズの手元を覗き込んだ。


「なんやこれ?」


 男の脇腹には握り拳二つ分の大きさのコブができており、暗い緑色に変色していた。


「腫瘍かな? ルイーズ」


「わからへん。でも、これが熱の原因なのは間違いないと思う」


「なんか動いてるよ!」リリアがコブを指差した。


 リリアの言うとおり、コブはまるで心臓のように脈を打っていた。


「とにかくこんなところやったら治療できへん。街まで運ばんと」


「ウチらだけじゃ無理じゃん、どうしよ……」


 リリアが一歩前に出て言った。


「私がおんぶするよ」





 3人は男を看病しながら、3時間ほどかけてゆっくりと歩いていった。ビルバッキオの街が遠くに見え始めた時には、すでに夕暮れだった。


「リーリちゃん、すごすぎ! でも、大丈夫?」


「さすが、お花屋さんや。足腰が鍛えられとる」


「それ、どういう花屋よ! お花屋さんは足腰鍛えません、アハハ。私はちょっと武術をかじってるから、足腰は強いんだー」


 リリアは一度も休憩することなく、男を背負って足場の悪い山道を下りてきた。


 ビルバッキオの街の門まで来た。あとは街の病院を探して、男を届けるだけだ。しかし──


 ガッシャーン


 急に門が閉められた。


「ちょっと! なにすんねん!!」ルイーズが叫んだ。


すると、門の横の通用口の小窓が開いて、中年の男が顔を覗かせた。街のセキュリティーを任されている民間の衛兵だ。


「その男は街に入れられない。引き返してくれ」


「はぁ? おっさん、よく見てよ。病人なんだよ。早く手当てしないと手遅れになるかもしれねーんだっつーの!」エスメラルダが怒気を込めて言った。


「その男は呪われている。だから追放したんだ。災いを街に持ち込まれては困る。これはビルバッキオの町長の決定なんだ。


「呪いって? なんで呪いって決めつけるわけ?」リリアが訊いた。


 リリアは魔物との戦いで、呪いの恐ろしさを十分に知っていた。自らの顔のアザも魔王の呪いだ。呪いを受けた体がその邪悪な力に打ち勝った後も、こうして生々しいアザとして残り、苦しめる。勇者ですらそうなのだ。リリアほどの体力を持ち合わせていないものは、簡単に命を落とす。つまり一般人にとって呪いは、死刑宣告に等しい。


しかし、呪いはそう簡単にかかるものではない。魔物の中でも上位クラスのものしか扱えないし、操れる魔道士も限られている。


「掟を破ったんだよ、そいつは。当然の報いだ」


「それは違う! 何かの間違いだよ! 掟を破ったからって呪われるなんて聞いたことない!!」リリアは叫んだ。


「ただの掟じゃない。人類がタブーとしてきたことだ。そいつ……ヴァンサンは……エルフと関係を持ったんだ」


「もしかして、クロちゃんのお姉ちゃんの恋人って……」リリアがつぶやいた。


「こいつじゃん!」エスメラルダが目を丸くした。


「あんたらには悪いがここは通せない」


「鬼!」ルイーズが敵意を剥き出しにしたが、小窓がピシャリと閉められた。

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