第93話 行き倒れの男
「じゃ、マッチングサービス受けられへんってこと?」ルイーズが訊いた。
「そうだ。姉貴がいねえからな」クロアが答えた。
「ウチら、めちゃくちゃ遠くから船まで使って来たんですけどー」エスメラルダがうらめしげに言った。
「知るか」
「うわ、やっぱクロちゃん性格悪るッ」不貞腐れるエスメラルダに、
「腹黒エルフや」毒づくルイーズ。
「うーるっせ! ってなわけだから帰れ帰れ。シッシッ」クロアは虫を追い払うような素振りで応えた。
「ねえ、クロちゃん」リリアがようやく口を開く。「お姉さんはなんで家出したわけ?」
「失恋したんだとよ」
「えー!!」三人は驚きの声をシンクロさせた。
「エルフでも失恋とかするの?」
なぜかリリアは身を乗り出して訊いた。人の失恋話は大好物だ。共感してうるうるするのだ。リュドミラとも失恋話で盛り上がって仲良くなった。
「あったりまえだろ。お前、エルフを何だと思ってる」
「ねえ、片想い? それとも付き合っててフラれたの?」リリアはさらに食い下がった。
「何年か付き合ってたみたいだぞ」
「ふむふむ彼氏持ちだったわけね。相手はどんな人? あ、人じゃなかったエルフか。どんなエルフ?」
「姉貴の相手は人間だ」
「えー!!」三人は再び驚きの声をシンクロさせた。
「ビルバッキオの街に住んでるぜ」
「エルフと人間、やっぱり異種間恋愛の現実は厳しかったのね……でも、すごくロマンチック……」リリアはなぜか自分の世界に浸っていた。
「まあ、そんなわけだ。マッチングサービスは諦めな」
「……でも、変やない? 街にあんだけ観光客おったのに、ここまで来る間、ぜんぜん、人おらんかったな」
「そういや、私たちだけだったし」
「へへん、それはこういうこった。俺が幻術を使って、道迷いさせてんだ。姉貴がいねーのに押し寄せられても困るからな。この森に来るずーっと手前の林の中で同じところをぐるぐるさ」
「正直に事情を話せばええやない。マジ性格悪いわ」
「じゃ、なんで私たちは迷ってないわけ?」エスメラルダが訊いた。
「俺がしくじっちまったんだろな。偉大なエルフ、クロア様でも間違いはあるってことさ」
「ああ、クロちゃんドジっこってことやん、アハハ」
リリアは黙っていたが、その理由が分かっていた。勇者に幻術など通用するはずがないのだ。リリアはほぼ無意識のうちに幻術を回避していた。
「なあ、クロちゃん、マッチングサービス以外になんか観光できるとこある?」
「ねえよ。見たら分かるだろ。木しかねえ。果てしなく森なんだよ」
仕方なく三人はマヌーフの森を後にした。来た道を下っていく。
「あんなエルフもいるんやな」
「エルフってもっと清らかで誠実そうな感じをイメージしてたけど、あれじゃそこらへんのチンピラじゃん。リーリちゃん、エルフに会ったことあった?」
「え? まあ……うん。会ったというか、なんていうか……」
「へー、どこで知り合うん? 私ら普通に生活しとっても会わへんし」
「え、えっと旅、今回みたいな旅の途中でたまたま知り合っただけなんだけどね……」
──魔王討伐軍は人間とエルフの同盟軍だったから、武闘派エルフの知り合い、たくさんいるんだよね……ま、ややこしくなるから言わないでおこ。
「そか。エルフと知り合うのも旅の醍醐味っちゅうやつやな、アハハ」
「でさあ、また変なのいるんだけどー」エスメラルダは道の先を指差した。
道の真ん中でうつ伏せで倒れている男(おそらく人間、耳が尖っていないのでエルフではないようだ)がいる。
「なんなん、今日出会うんは、変なののオンパレードや」
三人はおそるおそる近づいていった。先陣を切ってリリアがツンツンする。
「……」反応なし。
「死んでる? 死んでる?」エスメラルダがリリアにしがみついて言った。
リリアが脈をとろうと、手首に手を伸ばした瞬間、彼は顔を上げた!
「ぎゃああああああ」エスメラルダが叫びながら逃げていった。
「ぐはっ! こ、ここは!?」
「あ、あんた生きとったん? ここはマヌーフの森に行く途中の道やで」
男は髭面で髪も伸び放題、服も薄汚れているが、それでも、不快な感じがしないのは元素材が良いからだ。つまり随分とイケメンなのが、隠しきれないという感じだ。リリアのイケメンアンテナは強力なイケメンオーラをキャッチしたのだった。
──行き倒れのイケメン……何か始まりそうな予感しかしないわ!
リリアの頭にはほんの0.1秒の間にとんでもない妄想が駆け巡った。
「ウィノーラ……ウェステラリア……」男はうわ言のように繰り返した。
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