第92話 森の番人
翌朝、リリア、エスメラルダ、ルイーズの三人はビルバッキオの安宿を発ち、山道をマヌーフの森へと向かった。
「あったま痛いねん」ルイーズはフラフラしながらうつろな表情で言った。
「やっば……昨日の夜のこと、全く覚えてないし」エスメラルダも同じような感じだ。
二人とも、酒が抜けきっておらず、酒臭い。
「坂がきっついねん……」ルイーズが悲鳴を上げた。
「ってかこれ登山じゃん。話違うでしょうよ。もう、死にそう……オエ……」エスメラルダは吐いた。
「歩いてれば汗もかいてお酒も抜けるよ、がんばろ!」リリアは一人だけ元気だった。
2時間歩くと木々がうっそうとしてきた。そしてすぐに、空一面を木々の葉っぱや枝が覆い尽くし、薄暗く不気味な雰囲気を醸した。
「ここ、マヌーフの森じゃない!?」次第に元気を取り戻してきたエスメラルダが言った。
「そうや! 絶対そうや!!」ルイーズもすっかり通常運転に戻っている。
「ちょっと待って!」はしゃぐ二人をリリアが制した。
「どしたん? リーリちゃん」ルイーズは立ち止まった。
「なんか、嫌な雰囲気……」リリアはまるで無数の目から見られているような圧迫感を感じていた。
「嫌な雰囲気って? リーリちゃん、なんか怖いよ」エスメラルダはすっかり怯えて長身の身体が縮こまっている。
リリアは頭上の木々を見上げた。樹齢千年以上はあろうかという大木が立ち並んでいる。風もなく異様なまでの静寂。しかし、その中にゆらめくわずかな気配をリリアは見逃さなかった。リリアたちの斜め後方──
「そこ!」リリアは指差して叫んだ。「出てきなさい!! ずっと私たちを監視してたでしょ!!」
「監視なんかしてねえよ、人聞きわりーなあ」男の声がした。
目を凝らすと巨木の枝の上に人が立っている。
「うわっ! なんかおるで変なんが!」
「やばっ! 痴漢?」
「おいおい、ねーちゃんたちよー、ひどくねえか? 俺、エルフなんすけど」エルフと自称した男が枝からジャンプして十メートル下の地面に降り立った。その優雅な身のこなしを見て、リリアは間違いなくエルフだと確信した。
「エルフぅ!?」エスメラルダとルイーズは目を丸くした。
エルフの男はリリアたちにゆっくりと近づいくる。薄暗いシルエットが次第に輪郭をはっきりさせてきた。たしかに耳が長く、先がとがっている。二人が絵本で見知っているエルフの姿そのものだ。そして、真っ白い布を器用に身体に巻き付けたような服に、ツル性の植物が巻きつき、緑のアクセントになっている。おしゃれなカフェにあるオブジェのようだ。
「エルフがなんでコソコソ隠れたりするのよ?」リリアが訊いた。
「そうや、エルフやからって変態やない保証はないで!」
「えー! 変態のエルフなんているの!? マジやばじゃん!!」
「あんたらね……決めつけが激しすぎるだろうよ。俺は門番みたいなもんさ。変態じゃない。ちなみに<門番だからって変態じゃない保証はない>っていうのはめんどくせえからやめてくれな。一応、俺だってエルフの長に選ばれた上で自分の役割を果たしてるんでね。怪しいヤツがいればこうやって脅かして帰すんだ」
エルフの男が腕をぐるんぐるん回して変身ポーズのような動きをすると、巨木がうなりを上げて枝をぐるんぐるんさせ始めた。
「ぎゃああああ」悲鳴もかき消されるほどの轟音が鳴り響いている。まるで巨人が暴れているようだ。
「ってな感じ」エルフの男はぐるんぐるんをやめてドヤ顔をした。木々もさっきまでの暴れっぷりが嘘のように静まり返った。「最近、物騒なもんでよ。この森でも女を襲う暴漢が出始めたわけよ。だから、俺がパトロールしてるのさ。お前らみたいな不用心で無防備なギャルが襲われねえようにさ。感謝しろよな」
「私、このエルフ嫌いや」ルイーズはまだ警戒を解いていない。
「わかるわかる、なんか態度デカいしー」エスメラルダも不快感丸出しで睨みつけた。
しかし、リリアだけが笑顔で手を差し出した。
「私、リーリ、こちらはエスちゃんとルイーズちゃんだよ。よろしくね」
エルフの男はリリアの手をとり、握手して言った。「話ができそうなのはお前だけだな」
「あなた、お名前は?」リリアが訊いた。
「クロアルダ・ベラキメラス・フォンデラクルス・メヒアール」
「覚えられへん!」
「クロアでいいんじゃん?」
「あ? 呼び捨てすんなよ。俺はお前らより三百年は長く生きてんだ。せめてクロア様にしろ」
「このエルフ、話にならんわ」
「まあまあ、ルイーズちゃん、敵意剥き出しはやめて少しは歩み寄ろうよ」
「どう歩み寄るんや?」
「真ん中とってクロちゃんにしようよ」リリアが言った。
「クロちゃんか、いいじゃん。少しは親しみがわいてきた。ほ〜んのこれっぽっちだけど」エスメラルダが言った。
「犬みたいでええわ、アハハ」ルイーズが笑った。
「もう勝手にしろよ」
「で、クロちゃん、本題なんだけど」リリアがクロアの顔を覗き込んで言った。
「私たち、マッチングサービスを利用しにきたわけ。私たちに素敵な出会いを与えてくれるありがたいエルフ様のところに案内してくれないかな?」
「それ俺の姉貴な」
「えー!!」三人は声をシンクロさせて驚いた。
「じゃ、早速案内してや!」ルイーズが興奮気味に言った。
「わりいけど、ダメだ」
「えー? ケチんぼなの? あんたエルフのくせにそういう感じ?」エスメラルダが迫った。
「姉貴は家出しちまったんだよ。俺も居場所知らねえの」
「マジかー!!」リリアが叫んだ。
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