第86話 無情の花火
「いつから気づいてたんだ?」パルは殺気立った目つきに変わった。
「踊り始めた時よ。あなたの手に触れた時。ほんのすこ〜しだけど、魔力を感じたの。普通の時だったら見逃してたかもしれないけど、今は普通じゃない。舞踏会が狙われようって時に、宮殿で魔力を使う人間、すなわちテロリストよ」
「あんな微弱な魔力も感じられるのか……」
「そ。だから、踊りながら魔封じの結界を描いてたの」
「勇者が魔封じを使うなんて、そんな情報どこにもないぞ」
「そうだろね。初めて使ったし」
リリアが魔封じの術を使えるようになったのは割と最近のことだ。ボルゴーニュ山脈の温泉にテオドアと一緒に行った時に教えてもらった。魔封じの結界は魔物除けだけではなく、魔力を封印する力も持っている。
──テディさん、役に立ったよー! 習っといてよかったぁ!!
「……さすがは炎の勇者リリア。実力だけなら最強の呼び声高い……」
「あの……実力だけなら、ってどういう意味?」
「彼氏欲しがってるだけのガッついた女じゃないんだねーってことさ、アハハ」パルの口調からは余裕が感じられた。
リリアはすこしばかり油断していた気持ちを引き締め直す。
──まだ何かある。
二人のただならぬ雰囲気を察して、周囲がざわつき始めた。それもそうだ。もうとっくにダンスタイムは終わっているのに、中央で睨み合っているのだから。
「リーリ! ほら!!」 ブルニュスが剣を投げてよこした。リリアはキャッチして丸腰のパルと対峙する。
「きゃあああああ!」上品な貴族のレディたちが悲鳴を上げた。紳士諸君も一斉に窓際に逃げる。
「あなたアサシンね。私を巻き添えにして自爆しようとしたんでしょ」
「へぇ、察しがいいよねー。そうだよ」
「次はなに? あなたはまだ何か奥の手を用意してる」
「すごいねー。勇者ってやっぱりすごいねー」
その瞬間、リリアは背後で何かが爆発する音を聞いた。
──バーン
振り返ると、外で花火が上がっている。
「花火……?」
「リリアさん、さっき花火ちゃんと見られなかったじゃん。だから、ちゃんと見せてあげたいと思ってねー、 アハハ」
花火が上がっているのは噴水のある庭園だった。そして、リリアはその噴水のところに人影を見つけた。
「リュ、リュドミラちゃん!?」
花火に照らし出されたのは噴水の中で磔(はりつけ)にされた リュドミラだった。噴水の中にあるエルフの石像に縛り付けられている。その石像はエルフが花束を持っている姿を形取ったものだったが──
「あれは……もしかして爆竜石?」リリアはエルフが花束の代わりに持たされている大きな石が赤くメタリックに光るのを見逃さなかった。
リリアは一瞬にして、パルの作った<仕掛け>を理解した。おそらく、噴水の中には無数の爆竜石(青)が敷き詰められているのだろう。花火の振動でエルフ像が小刻みに揺れている。その腕が抱きかかえている爆竜石(赤)が今にも落ちそうだ。これは爆竜石を使った時限爆弾のようなものだった。
「 リュドミラちゃん!!」リリアは叫びながら宮殿の窓を破って外に飛び出した。バラ模様のドレスにガラスの破片が突き刺さる。
リリアは構わず噴水へと全力で駆け出して行った。ハイヒールを脱ぎ捨て、裸足で走る。ガラスの破片が刺さって血が噴き出した。しかし、リリアは痛みなど感じる余裕すらなかった。 リュドミラの命が懸かっているのだ。
つい数日前、こうして名前を呼びながら走ったことを思い出す。ディグの時は間に合わなかった。自分の不甲斐なさを呪った。目の前で大切な友人が死ぬのはもうイヤだ。
火炎魔法は使えない。爆竜石に引火する恐れがあるからだ。リリアには噴水の中で磔になっているリュドミラの縄を解いて助ける以外、方法がなかった。
「これが友情ってやつなんですね……」必死に駆けて行くリリアを大広間の中から見ながら、パルが感慨深げに言った。
「そして、リリアさん、あなたはその友情に殺されるんだ」
リリアが噴水の前に来ると、リュドミラが叫んだ。
「リーリちゃん! ストップ!! ストップ!! それ以上、近寄っちゃダメ!!」
「リュドミラちゃん、大丈夫。そこにあるのは爆竜石だってわかってるから。そっと落ちないように行くね! 待っててよー!」
「違う! そうじゃないの!! 水の中に入っちゃダメ!!」
「どういうこと?」
「噴水の中には細かく刻んだ爆竜石……赤も青もどっちも、撒き散らされてるの。触れ合わない絶妙なバランスで。私、さっき用意してるとこ見たから分かる。これは地雷源みたいなものだよ!!」
「そんな……」
リリアはようやくパルの<仕掛け>の全貌を理解した。歩いて噴水の中に入れば、水の中の細かな爆竜石を踏んで爆発が起き、ジャンプしてリュドミラの縛り付けられたエルフ像まで行けば、その衝撃でエルフ像が抱えている爆竜石が水の中に落ちて爆発する。
──無理ゲーじゃないよぉ!
血を流しながら裸足で芝生の上に立つリリアの足元から振動が伝わってくる。無情にも花火は開会の時よりも一際、派手に、そして美しく夜空に咲き乱れていた。
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