第84話 狙われた舞踏会②
「アイツどっかで見たことある気がするんだけどなぁ」ブルニュスがパルを見ながら言った。
パルは今、少し離れたところで貴族連中と談笑している。舞踏会はまもなくお待ちかねのダンスタイムだ。生演奏するオーケストラが準備を始めている。
「きっと有名なアーティストなんだよー」リリアが言った。若干、目がハートがかっていた。
「アーティスト? あれは詐欺師のたぐいだと思うぜー」
「あんた何言ってんの? バカじゃない。詐欺師が政府主催の舞踏会に来れるわけないでしょ?」
「なんかそういう匂いがするんだよ、あいつ」
ブルニュスは新聞記者の息子で、そういう方面の嗅覚が鋭い。リリアもそう認めていたのだが──
──今回ばかりはブルニュスの見立て違いね。だって、あんな柔らかな物腰で、さりげない気遣いのできるイイ男が詐欺師だなんて。もしそうだったら世も末ね。
ちっとも成長していないリリアだった。
「リーリ、分かりやす過ぎるって。あの男、ちょっとイイなって思ってんだろ?」
「思ってないってば!」
「騙されるんじゃねえぞ」
「うるさい!」と言ったそばから、パルと目があってしまった。
パルはにこりと笑って会釈をすると、こちらに歩いていきた。
「やば、こっち来る。どうしよ、どうしよ」リリアはもはやクールビューティの仮面をかぶることさえできず、あたふたしてしまった。
「やっぱ、めちゃくちゃ意識してんじゃねえかよ」ブルニュスは呆れて言った。
パルはリリアの前までくると、跪いた。
「リリアさん、僕と踊っていただけませんか?」
キラリと白い歯が輝いたようにリリアには見えた。すでにリリアのパルを見る目にはキラキラフィルターがかかっていた。
「ええ、喜んで」リリアは澄まし顔で言った。ちょっと遅れたが一応、クールビューティの仮面をつけたのだ。しかし、内心では──
──マジ!? 舞踏会に来たけど踊るなんて思ってないし。久しぶりだし。っていうか、ステップとかできないんですけど!!
オーケストラの演奏が始まった。思い思いの相手と踊り始める参加者たち。一気に大広間には和やかなムードが広まっていった。
リリアとパルは大広間の中央に歩いていくと、互いに向かってお辞儀をした。
パルが差し出した手をリリアが握る。
──うっわ! 心臓飛び出しそうなんですけど!!
リリアのクールビューティの仮面が剥がれ落ちるのは時間の問題だった。
と、パルがリリアの耳元に囁きかけた。
「実は僕、ダンス苦手なんですよ」
「え?」
「リリアさんと仲良くなりたくて思い切って誘ってみたんですけどね、アハハ」
「そうだったんですか?」
「ごめんなさい。こんなヤツでガッカリしました?」茶目っ気たっぷりな表情でパルは言った。
「アハハ、いいえ。私も踊りは全然ダメなんですよ」リリアの緊張は一気にほぐれた。そして、パルへの好感がより一層高まるのだった。
「じゃ、ゆっくりと簡単なステップを踏みましょう。二人で協力して」
「はい」
パルはリリアの腰に手を回し、ゆっくりとステップを踏み始めた。最初の数歩は窮屈になったり、呼吸が合わなかったりとぎこちなかったが、そこは勇者の運動神経だ。あっという間にコツをつかんで見事な踊りを披露した。
「さすが勇者ですね。今やこの会場の誰よりも見事なステップを刻んでいる」パルが踊りながらリリアの耳元で囁いた。
「パルさんこそ。ダンスが苦手なんて嘘じゃないですか?」
二曲目に入るころには、会場中の視線を二人は浴びていた。
「勇者が踊ってるよ」「すげえ身のこなしだ」「プロ級じゃね?」「あの男、よく勇者と踊れるよなー勇気あるぜ」会場のゲストたちは口々に驚きを表現した。
二人の踊りはどんどん激しくなっていく。回転が入り、ジャンプが入り、息の合ったコンビネーションは見るものを夢中にさせた。
そんな華々しいパフォーマンスの陰で着々のパルの計画は進行していた。今、パルは魔力を少しずつ上げている。もちろん、自爆のためだ。リリアを巻き添えにして暗殺することこそ、パルに与えられた任務なのだ。
リリアと踊るようにしたのは、魔力を悟られないようにするためだ。面と向かって話をしながら魔力を上昇させていくと必ずバレる。勇者の目をごまかすことはできないだろう。しかし、共に踊りながら、運動エネルギーに紛らせて魔力を上げていけば隠し通せる。パルにはそんな確信があった。
目の前のリリアは強さは本物だが、一皮剥けば恋に恋する乙女。甘い言葉を囁く伊達男と一緒に踊るというシチュエーションをつくってやれば簡単に舞い上がってしまう。パルはリリアの性格も熟知した上で、この作戦を練ったのだ。
──あともう少しだ。
魔力で自らの臓器を破壊し、体内の爆竜石どうしを触れ合わせて爆発させる。魔力の高まりと同時に腸や肺、そして胃などの臓器の組織が破壊され、体中がから出血する。
パルは喉元まで上がってきた血を無理やり飲み込んだ。
目の前ではそんなことにも気づかずに勇者が笑顔を向けてくる。パルは自分が神にでもなったような気分だった。
自分の手のひらの上で勇者が踊っている。握りつぶすもつぶさないも自分次第。そう、自分がこの勇者の命運を握っているのだ。
──さあ、準備は整った。あとは、最後のトリガーを引くだけだ。魔力を一気に解放してやればいい。そうすれば……
パルはよりいっそう柔らかな微笑みをリリアに送った。
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