第83話 狙われた舞踏会①
リリアはキャスタロック宮殿の大広間にいた。これからここで舞踏会が行われる。すでに煌びやかな衣装を着飾った各国のお偉いさんたちがたくさん集まっていた。
リリアのドレスはミスコンに続いてジルの衣裳部屋から拝借したものだ。リリアは長い髪を耳の上の高さでまとめたポニーテール。うなじを覗かせて大人っぽい雰囲気を醸していた。ドレスはバラ模様の燃えるような赤で、まさに炎の勇者にふさわしい見た目だった。そして、大胆に開いた背中には魔王軍との戦いで負った深い傷が見えていた。
このドレス選びで分かるように、リリアはここに炎の勇者として出席しているのだ。わざと自分の存在をアピールして、テロ行為を未然に防ぎたいという思いがそこにあった。
「あれが炎の勇者か……」「すごい傷だわ」
リリアの周囲からヒソヒソと噂する声が聞こえてくる。リリアには全部聞こえていた。誰も遠巻きからチラチラ見るだけで、近寄ってはこない。やはり勇者というのは近寄り難い存在のようだ。
──こういうシチュエーションは慣れっこですけどねー
そう思いつつも、やはり居心地の悪さを感じるリリアだった。
ピュロキックス事件のことは世界中に知れ渡り、その場にいたリリアのことも周知の事実となっていた。さらに、総統のベネゼッタは<舞踏会に炎の勇者出席>のニュースを新聞社にわざとリークしていた。だから、リリアが剣を持たずとも、鎧を纏わずとも、出席者は一目で気づくのだ。
「意外と美人じゃん。女勇者ってもっとゴツいのかと思ってたぜー」鼻っ柱の強そうなボンボン貴族と思しき男が言った。
「ちょ、ちょっと! 聞こえるわよ!」それを隣にいるこれまた育ちの良さそうな娘が諌める。
リリアは聞こえないふりをしていたがバッチリ聞こえていた。しかし、眉ひとつ動かさなかった。
エスコート役のブルニュス(シークレットブーツ&つけ髭&カツラ)がやってきてリリアに話しかけた。
「うれしいクセに」
「はぁ? 別にー」
「絶対、うれしいはずだ」ブルニュスはニヤニヤしながら言った。
「何がよ?」
「とぼけんなって」
「そんなくだらないこと言ってないで、ちゃんと警戒してなさい。私たち、何のためにここにいるか分かってるの?」
「はい、はーい」ブルニュスは、再び鋭い目を会場に向けた。
「<美人>なんて言われ慣れてる」スタンスのリリアだったが、内心、跳び上がらんばかりに喜んでいた。
──最近、自分でもイケてるんじゃないかと思ってたんだよねー! そうそうこの感じ。キャハキャハするんじゃなくて、澄ました感じ? 孤高の女っぽいよね? このスタイル、私に合ってるんじゃないかなー。そうそうこれよ、これ。クールビューティってやつ? 「私、サバサバ系なんです」的な? 今時、こういうのがウケるんだわ。
要するに自分を偽ってモテようとしていただけだった。リリアはサバサバ系ではなく、間違いなくジメジメ系だ。
そんな思いを心の片隅で巡らせながらも、リリアはつま先から頭のてっぺんまで、緊張感を保ち続けている。クセものが現れたら、瞬時に斬り捨てられるだろう。勇者とはそういう能力を持ち合わせた存在だ。
ベネゼッタの挨拶が始まった。
「今宵は皆さまの……」
最初から誰も聞いていなかったが、最後だけ会場が沸いた。
「窓の外をご覧ください。ベランダに出られてもいい。キャスタロックが誇る光のイリュージョンをお楽しみください!」
ベネゼッタの言葉を合図に、宮殿を取り囲むように無数の花火が打ち上げられたのだ。それは、七色に変化し、時には動物やお城の形になったりと、見るもの全員を虜にした。エンターテイメントの本場・キャスタロックの本領発揮だ。
「きれい……」
思わずリリアは言葉にしてしまったが、すぐに花火から目を逸らして会場を見回した。テロリストが狙うならこういう瞬間だ。ブルニュスと目が合う。ブルニュスも同じことを考えているようだった。
──こういうとこ、アイツしっかりしてるんだよねー。子供のくせに。
エスコート役をブルニュスにしたのは間違っていなかったと改めて思うリリアの前に、一人の若い男がやってきた。仕立てのいい服を着ているが、貴族特有の浮ついた雰囲気はない。不思議なオーラを持ってるなとリリアは瞬時に感じた。
「勇者の方は、こんな時でも花火を見ないんですね」男はにこやかに話しかけてきた。
「一目、見ました。きれいですよね、感動しました」リリアは答えた。まだ花火は続いている。これからがクライマックスだ。
「一目、だけですか……勇者というのは随分と損な役回りなんですね」
「そうですか? 私はそうは思いませんけど」リリアはそう言ったものの、内心は──
──そうでしょ!? そう思うよねぇ? 本当はめちゃくちゃ花火見たいよー! でも、目を逸らすわけにはいかないのよ! 本当、嫌になっちゃう!!
「では、僕があなたに花火の美しさを言葉でお伝えしましょう」
「え?」
「ハハ、冗談ですよ。本当の美しさというのは言葉で表現できるものではありません。言葉という枠に押し込めてしまうと必ず何かが失われてしまうものなんです」
「そうですね」その口ぶりからリリアは合点がいった。この男はきっと有名なアーティストだ。功績を認められて舞踏会に招かれたのだ。
「ただひとつ言えるのは……」
「……」リリアはその先の言葉をなぜか聞きたがっている自分に気づいた。
「夜空に咲く花火よりもあなたの方が美しいということです」
「お上手ですね、アハハ……アハ……」リリアは冷静に返したつもりだったが、心の動揺は隠しきれなかった。完全に舞い上がっていた。
──やっぱりクールビューティ路線だわ!
花火は夜空に大輪の花を咲かせ、有終の美を飾った。拍手が巻き起こる。
「リリアさん、今日は素晴らしい夜になるといいですね」男は甘く囁くように言った。
「あの……あなた、お名前は……」
「パルと言います。よろしくどうぞ」
パルはアサシンとは思えないほど、柔らかな雰囲気をまとってリリアに近づいたのだった。
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