第82話 黒幕

「な、何言ってんの!? デスノートさんだっけ?」リュドミラが言った。


「デッカードです。ちなみにあなたのファンです。ダンスホール通ってます」


「あ、そうなんだ。ごめんなさい、デッカードさん。今度ダンスホール来たら、声かけてね」


「本当ですか? よっしゃ! サインもらえます?」デッカードは硬派な見た目だが、アイドル好きのミーハー捜査官だった。


「いいわよ」


「じゃ、後で色紙持ってくるんで!」デッカードはガッツポーズした。


「はいはーい。でもね、デッカードさん、パルさんを疑うなんてお門違いもいいとこよ。だってパルさんもピュロキックスを解き放った犯人を探しているんだよ。探偵役が実は犯人でした〜なんて、昔のミステリー小説みたいじゃない。そんなこと現実にあるわけ……」リュドミラは言い淀んだ。


──そう言えば私、パルさんのことよく知らないけど……でも、あの目、あの表情は絶対にディグ君のことを大事に思ってる人だ。ディグ君を大事に思う人がそんなことするわけない。そう、私は人を見る目だけはあるんだから!


 人を見る目のないリュドミラが自分の<人を見る目>を信用して出した決断だった。


「うん、あるわけない! 自信あるもん!」


「パルはあなたにウソをついています」デッカードはただのミーハーファンから捜査官の顔に戻った。


「ついてないよ」


「パルはあなたにいつキャスタロックにやって来たと言いましたか?」


「多分、ミスコンの後だと思うけど……ディグ君に会いに来たのに会えなかったって言ってたから」


「それがウソだと言うんです。パルは三ヶ月前からキャスタロックに潜入しているんですよ」


「はぁ? どうしてそんなウソをパルさんがつくの?」


「おい、ミーゴス」デッカードは倒れているミーゴスを抱き起こした。ミーゴスは情けないことに怯えるあまり失禁していた。


「ひぃいい……許してくれ……見逃してくれ……もうイカサマはやめる、やめるから……」


「イカサマのことを責めてるんじゃないんだ。お前、この男を知らないか?」デッカードはポケットから人相書きを取り出して見せた。


「あ……」思わずリュドミラは声を出していた。それはあまりにもパルにそっくりだったから。


「そいつは……医者だ。ママのかかりつけの医者だよ。間違いねえ。確かルーベンって名前だった。三ヶ月前、開業したって言ってた。誰から聞いたのか知らねえけど、スゴ腕なんだとよ。ママがすげえ褒めてた」


「その医者から言われて、何か取り寄せなかったか?」デッカードが訊いた。


「ああ……俺が注文したわけじゃねえが、ママの病気に効くとかで瓶に入った薬? なんか小っちぇえ黒いヌメヌメしてそうなやつを医者が取り寄せてくれて、俺が健康食品を預けてるカジノのカウンターに届けてくれた。若いけどあいつは親切だし、信頼できるよ。こないだママが体調を崩した時も、すぐに来てくれて治ったんだ」ミーゴスが答えた。


「なるほど。これで筋が通る」デッカードは独り言のようにつぶやいた。


「ちょっと、デッカードさん、どういうこと? 全く意味がわからないんですけど!」


「もうお分かりでしょう。パルは医者と偽り、ピュロキックスをミーゴス経由で手に入れ、ミーゴスの母親の体内で育てたんですよ。母親の体調が悪くなった時に駆けつけたというのは、育ったピュロキックスを回収しに来たと、そういうわけです」


「ちょっと待ってくれ!」ミーゴスは叫んだ。「ママの体であの気持ちわりい生き物を育てただと!?」


「そうだよ」デッカードは言った。


「マジかよ!? あいつ、マジでぶっ殺す!!」失禁してズボンが濡れたままだったが、ミーゴスは威勢よく言い放った。


 その直後、つむじ風のようなものが走った。そして、次の瞬間にはミーゴスが身体を真っ二つに裂かれて死んでいた。


「ぶっ殺すなんて、よく言えるよねー、おもらししといて」リュドミラは聞き覚えのある声がして振り返った。


 そこにいたのはパルだった。


「パルさん! あなた……」


 リュドミラは絶句してそれ以上話すことができなかった。なぜならその時、リュドミラは目撃してしまったから。パルの姿が消えたと思ったら、デッカードは悲鳴をあげる間もなく、体を真っ二つに裂かれて死んだのだ。


「この捜査官しつこかったんだよねー」パルは言った。


 その声は確かにパルのものだが、口調が全然違う。リュドミラには別人に思えた。しかし、そこにいるのは紛れもなく<アサシンのパル>だった。


「ああ、リュドミラさん。あなたにはこいつらを調査させる名目で、爆竜石の使い方を覚えてもらおうと思ってたのよー。舞踏会で爆発してもらうためにさー。でも、こうなっちゃったから、もういいや。予定変更」


「……あなた、どうしちゃったの?」


「どうしちゃったのって、これが本来の僕なんだよー。アサシンのお仕事をしてるのさ」


「あなたディグ君のこと、悲しんでた。あれは絶対本心だった」


「リュドミラさんにそう見えたのならそうなんでしょう。僕はディグの死を悲しんだのかもしれないねー。もしかすると友情もあったのかもねー。でもね、アサシンは友情なんかよりも“任務”を一番に考えるもんで。いかにディグであろうと、任務のために利用できるのなら利用する。まあ、今回はディグの死でヘコんじゃったあなたを利用させてもらったんだけど。あなたも簡単に騙されちゃうよねー。僕、言ったでしょう? そんなに簡単に信じていいのって?」


「私、人を見る目がないんだわー」リュドミラは頭を抱えた。この期に及んでようやく自分のことを理解したのだった。


「あなたの狙いはなに? このキャスタロックで何をしようとしているの!?」


「狙いはあの女勇者ちゃんだよ。ディグが元々、リリアを狙ってたんだけどガレリアで任務を投げ出しちゃったからさー。僕、その後任なんだー」


 そう言うと、パルはまたつむじ風のように瞬間移動して、リュドミラの腹を殴って気絶させた。


「スマートなやり方じゃないけど、仕方ないよねー」


 パルは意識のないリュドミラの身体を抱えると夜の闇に消えた。

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