第81話 デッカード捜査官
ミーゴスと協力してパラヤンを病院に運び込むと、リュドミラは看護師に言った。
「急に失神してしまって……この方は重い心臓病なんです!」
看護師はパラヤンの身柄を引き取ると、慌ただしく治療室へと運び込んでいった。
病院を出ると、リュドミラはミーゴスに言った。
「ふう。急に呼び止めてしまってごめんなさい」
「重た過ぎだろ? おっさん」ミーゴスは少し笑いながら言った。
「ハハ、そうですね。でも、大事に至らなくて本当に良かったです。あなたのおかげよ。あなたが優しい人で良かったですぅ」
「そ、そんなことねえけど」ミーゴスはまんざらでもない感じだった。
二人は並んで歩き、目抜き通りを越えて人気の少ない路地裏に入った。
「何かお礼をさせてもらえませんか? あ、そうだ、近くに素敵なバーがあるんですよぉ。良かったら一緒に……」
「ハハハ……アッハッハッハ……アンタもとんだ食わせモンだなぁ」ミーゴスは急に異様な雰囲気を纏い始めた。
「なに? 急に?」
「俺、見てたぞ。アンタがおっさんに蹴りを入れて気絶さすの。最初はヤベーやつだと思って逃げようかと思ったけど、ついつい好奇心が勝っちまってここまで着いてきたぜ。そしたら、俺まで狙うのか? こえー女だぜ。なんであんな茶番をぶったんだ? きれいなお姉さんよ」
「あ、バレてたんだ?」
リュドミラはそれまで分かりやすく上目遣い気味に<好意を持っている女>を演じていたが、急に白けた目に変わった。
「じゃ、余計な段取りしなくて済むから助かります。話が早いわ。ミーゴスさん、あなた、ミスコンを騒がせた化け物の入った瓶をガレリアから取り寄せたでしょ?」
「は? 何言ってんだ? 意味わかんね」
「カジノのカウンターを受け渡しに使ってたことも知ってるんですけど」
「カジノのカウンター? あそこに預けてんのは健康食品だよ!」
「はいはい、どうせそんな感じだろうと思いましたよー」リュドミラは笑いながら言った。「はい、これどうぞ。体にいいかもよー」
「なんこれ……サプリメント?」ミーゴスはリュドミラから小さな小さな物体を掌に乗せられた。
「それはね、爆竜石の青。それでこっちが赤」リュドミラはミーゴスの掌に砂のようになった赤の爆竜石のカケラを撒いた。
と、その瞬間──
ボン!
ミーゴスの掌で爆発が起きた。
「うぎゃあああああ!」ミーゴスの腕から先は大火傷を負った。
「ヤバッ!火力が強過ぎたみたい。私の髪の毛まで燃えちゃったよ!」リュドミラの肩まで伸びた髪の先がチリチリになっていた。
ミーゴスはうめき声を上げながら、地面に突っ伏している。
「さあ、全部言うのよ。もう片っぽの手もやられたい? あなたの手は世界を司るんでしょ? フフ、もう司れなくなっちゃうよー」ディグの復讐に燃えるリュドミラには狂気が混じっていた。
「や……や、めろ……」ミーゴスが絞り出すように言った。
リュドミラはミーゴスの目の前に爆竜石を一つ、落とした。先ほどのものよりも一回り大きい。
「ひ、ひぃ……」ミーゴスはただでさえ爬虫類のようなギョロ目をさらに大きく見開いて怯えた。
「知ってること、全部話すの。いい? じゃなかったら……」リュドミラはしゃがんでミーゴスの顔を覗き込んだ。
と──
「そこらへんで許してやってもらえませんか?」背後から男の声がした。
「だ、誰!?」リュドミラが振り返ると、帽子をかぶった体格のいい男が立っていた。
「その男はただのイカサマ師です。あなたが追いかけているような巨悪でもなんでもない」
「イカサマ師?」
「そうです。ミーゴスはカジノから給料をもらって天才ギャンブラーのフリをしているんですよ。客寄せのためにね。実際はディーラーと協力してカードをすり替えたり、ルーレットの出目を教えてもらっているに過ぎない」
「ふーん、そうなんだ。で、あなたは?」リュドミラは興味なさそうに言った。
「私はキャスタロック警察のデッカード捜査官、ピュロキックス事件の担当です」
デッカードは40がらみの中年だった。しかし、パラヤンなどとは違ってスタイルは良く、整髪料できちんと髪を整えていて、警察にしては清潔感がある男だとリュドミラは思った。
「じゃ、この男がピュロキックスを仕入れたことも知ってるでしょう?」
「はい、もちろん。ただ、この男には裏がないんですよ」
「裏?」
「いくら調査しても、何のバックボーンもなければ何の組織とも繋がらないんです。ただのイカサマ師です。そんなヤツがこれほどの規模でテロを計画すると思いますか?」
「さあ? いきなり思い立つ人だっていなくはないでしょ? 世界は何度もそういう狂人の手によって痛い目を見てきたじゃない」
「動機は?」
「この人に聞いて」
「ミーゴスには病気の母親がいます。私にはマザコンのミーゴスがその母親の身も危険にさらすような悪事に手を染めるとは思えないんですよ。だから、私はこう思うんです。ミーゴスは自分も知らないうちにテロに協力させられただけなんじゃないかと」
「この人が悪党じゃなかったら、一体誰が……」
「私はね、ある人物を疑っています」
「ある人物って? もったいぶらないでよ」
「パルっていう名前のアサシンです。あなたもよーくご存じでしょう?」
それまで紳士的に会話をしていたデッカードの口調にわずかばかりの皮肉が込もっていた。そして、その目は捜査官の鋭さを帯びていた。
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