第80話 カジノ潜入②

「あなた、スゴ腕ね」リュドミラが言った。


「スゴ腕? 俺の目は世界を見通す。そして俺のこの手は世界を司る」ミーゴスは手元のカードを見たまま、目を合わせようともせずに答えた。


「意味が分からないんですけどー」


 リュドミラはあえて思ったことを思ったまま言ってみた。おそらくミーゴスという男は、褒められ慣れている。慣れすぎていて自分を褒める女には興味を持たないだろう。一流の男とはそうしたものだ。いつだって刺激を求めている。曲がりなりにもダンスホールで“一流”と呼ばれる男をたくさん見てきたリュドミラの直感だった。


──今に「あんた、面白い女だなぁ」って感じでこっちを向くわ。そして、私のことをマジマジと見る。その瞬間、「私、夢を見せてくれる男が好きなの」って言うの。そうすると大体「俺はどうだと思う?」って自信満々の顔で言ってくる。そこまで行けばこっちのもんよ。


 リュドミラはミーゴスが振り向くタイミングをずっと見計らっていたが、一向にそんな素ぶりはなかった。


──あれ? 私、失敗した?


 ミーゴスは褒められて気持ちよくなるタイプの男だった。爬虫類のようなポーカーフェイスの下では、褒められてデレデレしまくっていたのだ。


「もっと褒めて! 褒めてよぉ!!」とお母さんに褒められたがる子供の心のまま、顔だけ爬虫類になった男だった。


<世界を見通す。世界を司る>というのは自分で考えた決め台詞だった。これを言うとほとんどの女が「すごい!かっこいい!!」と言ってくれる。<世界を……>→<かっこいい>が一連の流れで予定調和となっていた。


 そこに現れたリュドミラは、ミーゴスにとっては自分の世界を汚す異物として認識されたのである。


──なんだよ、この女。ママぁ!変な女が僕の横にいるよー


 ミーゴスはマザコンだった。


 初手に失敗したリュドミラは、引き下がった。経験上、失敗を巻き返そうとして焦ると余計に事態を悪くする。ダンスでも同じだった。失敗したら、一旦、引くのがいい。


 カジノの閉店は午後11時。ミーゴスはそれまで席を立つことなくカードをやり続けた。リュドミラは実に7時間もの間、じっとカウンターから監視していた。もうオモっちも話しかけてこなかった。


 閉店の音楽が流れ始めた。ミーゴスは山積みになったチップを換金すると、そそくさと出て行った。


 リュドミラは先回りしてカジノの前の目抜き通りでスタンバイしていた。これみよがしに酔いつぶれたフリをして、ミーゴスに話しかけさせる作戦だ。そして、「あなた優しいのね」から「ドキドキしてきちゃった」と連打を繰り出してから抱きつく。これで大体KOだ。あとは、ラジールの時と同じ。人目のつかないところに行って拷問して吐かせればいい。


 入り口から出てくるミーゴスの姿を認めると、リュドミラはバタリと地面に倒れ込んだ。距離にして5メートル。気づかないはずはない。


 チラリと見ると、ミーゴスは立ち止まって爬虫類のような目を丸くしていた。


──よしよし。こっち見てる。


 作戦の成功をリュドミラは確信した。が──


「どうしたのぉ? リュドミラちゃーん」駆け寄って来たのはカジノのバカ息子パラヤンだった。「こんなになるまで酔っちゃってぇ、心配だよぉ、イヒヒ」


 心配などしていないことはニヤけた顔を見ればわかった。あわよくば……としか思っていないことが丸わかりだ。


──なんなの!? このキモおやじ。マジでタイミング最悪!! そして、やっぱり口臭すぎ!!


 リュドミラはフラフラしながら(演技)立ち上がると、パラヤンに言った。


「パラヤンさん、大丈夫なんです。今帰るところで」


「いや、こんな状態じゃダメだよ。ちょっとそこの飲み屋で酔い覚まししていこうよ、イヒヒ」


 ミーゴスはパラヤンが来たことで、スルーして行ってしまおうとしていた。焦るリュドミラ。


──ヤバ、行っちゃうよ。どうしよ。どうしよ。


「ほら、遠慮しないでぇ。こっちに来なってぇ、イヒヒ」パラヤンはリュドミラを支えるフリして思いっきりをお尻を触ってきた。


──きたよ! きたよ!! このエロデブがぁ!! このままじゃ触られ損じゃないよ!! ふざけんなッ!!


 リュドミラはだらしなく突き出たパラヤンのミゾオチに膝蹴りを食らわした。


「うっ……」パラヤンは一瞬、苦悶の表情を浮かべると失神してその場に倒れこんだ。


「パラヤンさん! パラヤンさん! 大丈夫ですか!?」リュドミラはわざとらしく大声で叫んだ。


 角を曲がろうとしていたミーゴスがその声に反応して、振り返った。それをリュドミラは見逃さなかった。


「あの! 手伝ってもらえませんか? 急にこの方が倒れて。多分、心臓病じゃないかと。急いで病院まで連れて行かないと」


「え? お、俺ぇ?」ミーゴスは目をぱちくりさせて言った。


「そう、あなた。あなたしかいないでしょう?」リュドミラは微笑んだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る