第76話 リュドミラの真意

「爆竜石っていうのはね、赤と青があるの」リュドミラが言った。


「……え? 赤と青?」地面に突っ伏していたラジールはわずかに顔を上げた。


「あなたが飲み込んだのが青ね。ここにあるのが赤」リュドミラが掲げた爆竜石はメタリックな光の中にわずかに赤が混じっていた。


「赤と青が触れるとどうなると思う?」リュドミラが訊いた。


「どうなるって……知るかよ! とにかく、お前、アタマおかしいんじゃねえか!? 早くどうにかしろ!! 俺を助けろ!! このアバズレが!!」ラジールは泣き叫ぶように言った。


「黙って聞いてよね」リュドミラは冷たく言い放つと、ラジールを蹴り上げた。


「ゲボっ!」ラジールは悶え苦しんでいる。


「あんた、自分の立場ってものが分かってないみたいねぇ。赤と青が触れると爆発するの。こんな風に」リュドミラは青の爆竜石の豆粒より小さなカケラをラジールの目の前に置くと、上から赤のカケラを落とした。


ボン!


 赤と青は触れ合った瞬間に爆発を起こした。


「ひぃいいいいい!」ラジールの悲鳴が街のデッドスペースに轟いた。


 それはラジールの髪の毛やまゆげなどを焼くには十分な火力で、ラジールは火事場から逃げてきた人のような見た目になった。


「もっと欲しい?」リュドミラは肩掛けカバンから大量の爆竜石のカケラを取り出した。「もう一回やって見せようか?、ラジールさん」冷静な物言いとは対照的にその目は怒りに震えていた。


「ちょ、ちょ、ちょっと待て! 何が望みだ? 何でもくれてやる! ほら、言ってみろ!!」ラジールは地面を這いずり回るようにして後退しながら言った。


「あなたがピュロキックスをこの街に持ち込んだのは知ってるの。そこは否定しないよね?」


「ぴゅ、ピュロキックス? ああ、あの化け物のことか。そうだ、そうだよ!俺だ! でも、知らなかったんだよ! 俺はただ瓶につまったホルマリン漬けのヤツを運んだだけだ。テロリストでもなんでもねえ!! 信じてくれ!! 俺はただの貿易商なんだ!!」


「貿易商? 笑わせないでよー。あなた、麻薬の売人じゃない」


「う……」


「誰に頼まれてピュロキックスを運んだの? 言いなさい!!」


「言えねえ!! それだけは言えねえよ!!」


「いいよー。じゃ、青と赤をまぜまぜしよっかなー」リュドミラは爆竜石のカケラをまじまじと見ながら言った。


「分かった!! 分かったよ!!」


「誰? 誰に頼まれた?」


「ガレリアで知り合った売人だよ。大金積まれてさ、ただキャスタロックまで運ぶだけなのに。なんか裏があるとは思ったけどさ……でも、あんなことになるなんて想像つくかよ。あんなことになるって分かってたら、俺……」


「あのね、おじさん。あんたの弁明を聞いてるんじゃないの」


「おじさんって……」


「その売人の名前は? 年恰好に特徴、あなたの持ってる情報、全部出してちょうだい」


 リュドミラは時折言い渋るラジールを爆竜石で脅しながら吐かせた。


 そこで知り得た情報は以下の通りだ。


・売人はブルバローリンと名乗っていた。

・歳は50くらい。中肉中背。頭が薄く神経質そうな目をしていた。

 ラジール曰く「友達がいなさそうな野郎だなと思った」そうだ。

・キャスタロックのカジノに瓶詰めのピュロキックスを搬入するよう指示された。カジノのカウンターに置いただけで、その後誰が持っていったのか知らない。


 リュドミラはラジールを解放してやった。しかし、体内の爆竜石はそのままにしておいた。ラジールが全て本当のことを言っている保証はどこにもないからだ。


 そして、向かったのは……オアシスを一望できる小高い丘の上にあるホテル街だ。目抜き通り沿いの安宿とは違い、高級ホテルが立ち並ぶ。


 中でもナンバーワンの呼び声が高いウェステナリドホテルのラウンジである人物と待ち合わせをしていた。


「リュドミラさん、こんばんは」その男はリュドミラの顔を見るなり、そう言って立ち上がると「わざわざありがとうございます」と言って深々と頭を下げた。非常に礼儀正しい貴族の跡取り息子、そんなイメージの男だ。着ている服も地味だが、仕立てが良い。かなり値が張るだろうなとリュドミラは思った。


「パルさん、聞き出せましたよ」リュドミラは座りながら話し始めた。一刻も早く伝えたいという思いが行動に現れていた。「ピュロキックスはガレリアから運ばれてきてみたいです」


「ほぉ。ガレリアですか。それは意外ですね。詳しくお聞かせ願えますか?」


 リュドミラはラジールから聞き出した情報をそのままの言葉でパルに伝えた。


 リュドミラがパルと知り合ったのは、三日前のことだ。例の現場を歩いていると、ブルニュスが爆竜石をくれた。


「これ、ディグのあんちゃんの形見なんだ」


「形見って? この石なんなの?」


「爆竜石って言うらしいんだ」


「ばくりゅうせき? ディグくんの持ち物なの?」


「ま、まあそうかな。とにかく、リュドミラが持っておくべきものだと思うから」そう言うと、質問攻めにするリュドミラを振り切って、ブルニュスは逃げるように走って行った。


 途方にくれるリュドミラに声をかけたきたのがパルだった。


「あの、すみません。つかぬことをお伺いしますが……あなたが手に持っているのは爆竜石ではありませんか?」


「……よく知らないんですけど、そういう名前の石みたいですね」


「もしかして……ディグのお知り合いですか?」


「婚約してました…… っていうか、あなたは?」


「僕は、ディグの幼馴染なんです」パルの表情から悲痛な感情が伝わってきた。それを見て、リュドミラは一瞬にして心を開いた。


──この人、ディグくんの死を心の底から悼んでいる。私と同じ……


 その出会いがリュドミラの人生を思いもよらぬ方向へと動かしていくことになろうとは……。






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