第77話 悲しいほどに純情

「爆竜石というのは、簡単に言うと爆弾なんですよ」パルが言った。


 被災現場でパルとリュドミラが出会った直後のことである。2人は破壊されたミスコン会場の片隅に移動し、座って話をしていた。


「爆竜石には2種類あるんですよ。あなたがお持ちのものをよーくご覧になってください。色がついてるのがわかりますか?」


 リュドミラはパルに言われた通り、石を覗き込んだ。


「……あ、確かに。ほんのり赤が混じってる……」


「そう、それは赤の爆竜石。そして、これが青」パルはポケットから石を取り出した。それは<ほんのり青>だった。


「この二つが触れ合うと、爆発が起きるんですよ。石が小さければそれなり。大きければ勇者が放つダイナグールド級の火力になります」


「ちょっと待ってください。よくわからないんです。どうして、そんな危険なものをディグ君が持っていたんです? 私はこれを形見だといって渡されました。パルさん、教えてください。どういうことなんですか?」


「ディグの体内には爆竜石が埋め込まれていたんですよ」


「……」絶句するリュドミラ。何も言葉を発することができなかった。


「そして、私の体にも。ディグも私も人を殺すために育てられた暗殺マシーン、アサシンなんです。しかし、ディグはもうアサシンから足を洗っていました。アイツは昔から心の優しい男でした。アサシンなんかには絶対向かないとみんなで言ってたんですよ。そして、本当に向いてなかった。私たちは人を殺すために爆竜石を埋め込まれるんです。でも、ディグは人を助けるためにそれを使った。アサシン失格ですよ」


「……ディグ君は自分で……みんなを助けるために自分が死ぬってわかっていて爆発させたっていうんですか!?」


「そうです」


「そんな……」


「我々は体の右半分に赤を左半分に青を埋め込まれます。日頃はそれが触れ合うことはありません。体内の臓器がジャマをするように設計されているからです。そして、自爆する時は魔力を高めて自分の臓器を内側から破壊するんです。そうすれば堰を切ったように爆竜石が体内を駆け巡り、赤と青が衝突を繰り返して大爆発を起こすといった仕組みです」


「私は見ました。爆発が起きる前にディグ君の体から黄色いモヤが出ていたのを」


「それは、魔力を高めた時に出るものですね。まさにその瞬間、ディグは自らの臓器を破壊したんです」


「怖くは……ないんですか? だって死んじゃうんですよ!」


「そうした感情はとっくに捨て去っています。ディグはあっさりと自分の死を決断したでしょう。合理的に考えてそれが一番いいと判断したに過ぎません」


「私は理解できませんよ……。だって、1人じゃないんですよ、ディグ君は……私がいるんですよ……。ジルおばさんだって、リーリちゃんだって、ブルニュスだって……みんなディグ君が大好きだったんですよ……。私たちが悲しむ姿を想像しなかったっていうんですか!?」


「自分がいなくなって悲しむ人間がいる。そんなことを考える、いや、考えられる人間はアサシンにはいないでしょうね」


「あなたも……ですか?」


「はい」


「でも、あなたはディグ君の死を悼んでいるじゃないですか?」


「……そんな風に見えますか?」


「はい、あなたは傷ついています。私にはわかります。私も同じだから……」


「なるほど。では、そうなのかもしれませんね」


「かわいそう……ディグ君もあなたも」


「私が、かわいそう、ですか?」


「だってそうじゃないですか? 爆弾を埋め込まれて人を殺すために生きるなんて……そんなことあっていいんですか!? 人はそんなことのために生きるんじゃないんですよ!」


「……我々はそうやって生きるしかなかったんですよ。ディグも私も親から捨てられた孤児でした。アサシンの“製造工場”に引き取られ、そこで生きるしかなかった。でも、ディグは自分の意志でアサシンを辞めたんです。僕の知る限りでは、アサシンを辞めた者はディグしかいない。何があったのかは知りませんが、アイツは人の心を手に入れたんです。いや、元々アイツは持っていた。だから、取り戻したんです」


「私の知る限り、あんなに優しくて純粋な人はいませんでした」


「アサシンはある意味、みんな純粋なんですよ」


「そうですね、悲しいほどに……」


「リュドミラさん、あなたにお願いがあります。今回の一件は明らかにキャスタロックに対するテロ行為です。黒幕がいる。そしてその黒幕はまた次の機会を狙うでしょう」


「協力しましょう」


「まだ、途中なのですが」


「その黒幕を探すのを手伝えというんでしょう?」


「はい、その通りですが」


「喜んで手伝います。私だってその黒幕を見つけ出して、とっちめてやりたいから。ディグ君の人生を奪った代償をきっちりと払ってもらわないと」


「簡単に私の言うことを信じるんですね。もう少し疑った方がよいのでは……」


「よけいなお世話ですけど」


「ディグが手紙で書いてた通りの人だ……」


「手紙?」


「はい、ディグから手紙をもらったんです。アサシンを辞めてキャスタロックにいると。そこにディグの生活が綴られていて」


「私のことが書いてあったと」


「はい、人が良過ぎて心配だと」


「ディグ君のやつ……」


「でも、幸せというのでしょうか? 文面からすごく楽しそうな雰囲気が伝わってきて、一度、その生活をこの目で見てみたいと思ったんです。アサシンが普通の生活ができるのか興味がありましたから」


「それで、キャスタロックに?」


「はい、でもディグには会えないままでした」


「そうだったんですね」


「私はディグとは違って、アサシンを辞めたわけではありません。現役の殺し屋です。もう一度お聞きします。それでも手伝ってもらえますか?」


「全く問題ありません。だって……あなたはディグ君と同じ目をしているから」


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