第74話 波乱のランチデート②

「あの、マーディガンさんはおいくつなんですか?」リリアはおそるおそる聞いてみた。タトゥーだらけの顔は年齢不詳だった。


「22歳ですよ」


「エーっ!!」リリアは心底驚いた。


 年齢不詳ではあったが、リリアの読みでは30から50の間だった。落ち着き払った雰囲気、そしてオーナーシェフであることを考えると、まさか20代前半……自分とタメだとは夢にも思わなかったのだ。


「あの、タメなんですけど……私も22歳」


「え? リリアさん、22歳なんですか? もっと年上だと思ってましたよー、アハハ」マーディガンは屈託なく言った。


「どういう意味です?」明らかにリリアの目には怒りの色がのっていた。それを見てマーディガンは一瞬、「しまった」というように顔をしかめた。


「いや〜、リリアさん、勇者になったのって随分と幼いころだったんですねえ。 そのお名前が轟くようになってから、もう長いこと経ちますから、なんとなく27、28くらいかなと」


「私、13で勇者になりましたからね」


「僕がリリアさんの歳が上に見えたのは、もう一つ理由があります。どっちかというとこっちがメインです」


「はぁ……」


「あなたはとてもエレガントだからです。大人の女性の気品に溢れているからですよ。私と同じ歳とは思えなかった。同級生の女の子なんて、あなたに比べれば、ぜーんぜん、子供です。やはり、経験が人間をつくるんでしょうねぇ。あなたは元々、美しいお顔立ちをされている。しかし、そこに勇者としての生き様に裏打ちされた人間性の高さが相まって、より高い次元に昇華している。“美しい”というのはあなたを形容するためにできた言葉でしょう」


「そうですかぁ。それほどでもないですよぉ、アハハ」おだてられて完全に舞い上がっていた。リリアは恐ろしいまでに単純な女なのだ。


──やっぱり分かる人には分かるんだなあ。マーディガンさん、見かけによらず繊細な方なんだわ。やっぱりアーティストや料理人は一般人とは違うなあ。ホンモノの“美”に対する感度が鋭いのよー。


 しかし、マーディガンは“分かって”いたわけではなかった。


──あっぶね。勇者の機嫌を損ねたら元も子もない。


 実際のところマーディガンの目には、30歳くらいに見えたのだ。


 それは、度重なるストレス、そしてピュロキックスとの戦いの疲れから肌があれ、目の下がくぼんでいたためである。リリアは疲れ果て、老けこんでいた。


 マーディガンは日頃から他の料理人(新進気鋭のシェフや老舗の重鎮シェフ)をテキトーに誉める美辞麗句を用意していたから、それをリリアに応用しただけのことである。


 マーディガンは見た目はいかついが、世渡り上手だった。22歳にして三つ星レストランのオーナーシェフに上り詰めたのは、単に料理の腕が良かったからだけではなかった。


 そして、リリアとのランチデートも“世渡り”の一環だった。


──ジルさんからの依頼だ。無難にやろう。うまくやれば舞踏会の前夜祭はウチでやるよう口利きしてもらえる。各国の重鎮たちを迎えることができれば、我がレストランの名声はさらに轟くだろう。


 というわけで、これは“接待”だったのだ。


 そんなことも知らず、リリアは料理を味わいながら上機嫌になっていた。


──なーんか、楽しくなってきちゃったなぁ。最初はどうなることかと思ったけど、マーディガンさん、いい人みたいだし、料理は最高だし。


 食後にはシャンパンが運ばれてきた。


「私、お酒、弱いので……」リリアは数々の酒の失敗をちゃんと反省していた。


「大丈夫ですよ」マーディガンはそう言うと、指をパチンと鳴らしてウエイターを呼んだ。「リリアさんにはノンアルコールのシャンパンをお出ししてくれ」


「ウィドマークとスタイガー、どちらにしましょう?」ウエイターはシャンパンの銘柄を尋ねた。


「リリアさん、お好みは?」マーディガンが訊いた。


「私、そういうのよくわかんないもので、アハハ……」


「そうですか。では、ウィドマークに桜をアレンジして、旬のフルーツを加えてくれ」マーディガンが指示を出すと、ウエイターは下がった。


「ウィドマークは甘口です。甘口の方がお好みかと思って」


「はい、正解です! ありがとうございます。 あの、“さくら”って?」


「ああ、桜ですか。桜は東洋のパンジャという国のお花なんですよ。薄いピンク色の可憐な花です。パンジャの国民は皆、桜を愛しています。春になると国中で咲き乱れる桜を、お酒を飲みながら愛でるんです」


「へえ、そうなんですかぁ」


「桜はあなたのイメージにピッタリかと思いましてね。皆に愛されるあなたのね」


「!」


 リリアの心は完全に動かされていた。リリアはまだまだウブな、いやウブ過ぎる女の子だった。こんな上っ面だけの安い言葉で感情を刺激されてしまうほどに。



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