第73話 波乱のランチデート①

 翌日、リリアはジルに指定された待ち合わせ場所に向かった。“舞踏会のエスコート役候補”に会うためだ。


 クレイバーグ生花店で働くリリアの昼休み、つまりランチデートというわけだ。


 そこは、オアシスの大展望を楽しめるレストランで、料理もキャスタロックいち美味しいと評判だった。リリアも前から来てみたかったのだが、1人で来る勇気がなかった。


──どうせカップルしかいないんでしょ! フン!!


 というように妬ましい思いを持っていたが、実際その通りだった。女性のお一人様にはなかなかハードルが高い。金持ちがデートに使う場所だ。


 入り口に着くと、名乗る前に店員が話しかけてきた。


「勇者さま! どうぞこちらへ。お連れ様がお待ちですよ!」愛嬌のある若い女性店員でリリアも悪い気はしなかったが、いきなり「勇者さま!」とは。キャスタロックでの生活もなんだか息苦しくなってきたのを感じていた。


 店員の後について、広い店内を歩いていく。


「オアシスが一望できる特等席をご用意しております。きっと勇者さまにも気に入っていただけますわ!」店員が楽しそうに言った。


「あ、ありがとうございます」


 リリアは景色のことなど上の空だった。


──き、緊張な、なんてしてないんだから。私だってで、デートくらいしたことあるし……一回だけだけど。ミスコンにも出たし……あれって出たって言えるのかな? 途中でカオス状態になっちゃったし……、中間投票ダントツ最下位だったし……あーやっぱり私、ダメかもーー!


 自分を奮い立たせようとしたが、席に着くころには逆に自信喪失していた。


「こんにちは」にっこりと笑ってその男は立ち上がった。その瞬間、リリアは思った。


──ないわー! ない! ない!! 絶対ナイ!!


 その男は顔面タトゥーだらけで頭はモヒカン。鼻にはぶっといピアスをつけている。こぎれいなタキシードを着ているものの、顔面が強烈過ぎて、首から下が目に入ってこない。


 世紀末の荒野で乱暴を働く荒くれ者といった風情だった。地下牢につながれている姿がお似合いだ。どれだけ好意的に見ても確実に指名手配犯だ。この男の写真を手にしたなら、下に「WANTED」と書きたくなるだろう。


──ジルさん! イイ男をよりすぐったって言ってたのにぃ!! ウソつき! ありえないでしょーこれ〜っていうか、ジルさんにとってはこういうのがイイ男なんだ……。あー、そういうことね……ま、納得かも……


 リリアは忘れていた。ジルの男の趣味の悪さを。


──でもちょっとまって! こんな人に連れられて、各国の首脳クラスが集まる舞踏会なんて行けないでしょ! この人、完全にドレスコードに引っかかるわ! っていうか、このレストランのドレスコードに引っかかってないのが不思議よ! 見た目、完全に犯罪者じゃない!! どこからどう見ても、カタギじゃないわ!! 裏社会の人間よ!!


 一応、補足だが、マーディガンはドレスコードはクリアしている。タキシードを着用しているので。リリアがテキトーに言い放っているのは“顔面コード”のような漠然としたものだ。つまり、ただの偏見だ。


「マーディガンと言います。リリアさん、今日は来てくれてありがとう」顔に似合わず紳士的な男だった。リリアを席にエスコートする様も手慣れた感じで優雅ささえ漂っている。


「あ、ありがとうございます……」リリアは外見と振る舞いのギャップに驚いていた。


──見かけで人を判断しちゃいけないよね。ダメダメ、そんなの。私がそれに一番苦しんだじゃないの。顔のアザをあれこれ言われて傷ついたのは、誰? 私じゃない。何か訳があってこういう感じになっちゃってるんだわ。そう、そうに決まってる。ちゃんとマーディガンさんと向き合わなきゃ。


 リリアは腰を下ろすと、正面のマーディガンを見て微笑んだ。マーディガンも微笑み返す。


──でも、やっぱり苦手かもぉ! こんなの訳があっても許されないわ!!


 マーディガンの笑顔は強烈だった。緩んだ頬っぺたにはヘビのタトゥーが彫られている。


パチン。


 マーディガンは指を鳴らして、ウエイターを呼んだ。


「リリアさんはどうします?」


「え?」


「お料理ですよ」


「あ、ああ」


「辛いのは苦手じゃないですか?」


「ええ、辛いのはちょっと……」


「じゃ、Bランチがオススメですね。AランチとCランチはけっこうスパイシーなんですよ」


「Bランチは……」リリアはメニューを見た。「ヘイゲン豚のソテーとジェヴォーダンの冷製スープ……私、これにします!」


 リリアの目が輝いた。それもそのはず。ヘイゲン豚は高級食材でなかなかお目にかかれない。リリアも一度しか食べたことがなかった。


 “食”でだだ下がりだったテンションが爆上がり。リリアはこういったところも単純な女の子だった。


「じゃ、僕はAにしようかな。ステーキには思いっきりハバネロをきかせるように言っておいてよね」マーディガンはメニューを閉じてウエイターにわたした。ウエイターはうやうやしくお辞儀をして立ち去った。


「マーディガンさん、このお店の常連さんなんですか?」


「常連? アハハ、常連っていうか、僕、この店のオーナーシェフなんですよー。えへへ」


「えー!!」リリアは目が飛び出さんばかりに驚いた。


「今日はスーシェフに厨房を任せて、リリアさんとランチを楽しませていただきます」


「……っていうかそれ、冗談ですよね、アハハ……」


「あっはっは、面白い人ですねぇ、リリアさんは。ほおら、これが証拠です」マーディガンはナプキンをリリアに見せた。そこには店のロゴが刺繍してあり……


「あ! マーディガンさんそっくり!!」オーナーシェフの似顔絵が描かれていた。そして、店の名前もズバリ<オアシスのマーディガン>だった。


──っていいうか、よくこれをお店のロゴにするよね……。絶対マイナスだと思うけど……


 リリアはどうしても目の前にいる盗賊団の頭領のような男が繊細な味付けで人々を魅了する三つ星レストランのシェフだとは思えなかった。


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