第72話 総統からの依頼

「スケベぇなだけで、顔だってカエルとブタを足して二で割った感じだろ? 歌も下手だし運動音痴、話も面白くないんだ。そのくせ異常なまでの女好きときたら手に負えやしない。とにかくしょうもない男さ」ジルはベネゼッタを睨みつけながら、吐き捨てるように言った。


 ベネゼッタは「えへへ」といった感じでへらへらしている。さっきまでは威厳こそないもののやり手の商人といった風情だったが、ジルが登場してからというもの、ニヤニヤしている薄気味悪いだけのキモ親父だ。


──うわ! ありえねー!! 


「じゃ、なんでジルさんは結婚を……」リリアは、ベネゼッタの手前、一応、遠慮しながら聞いてみた。ほとんど“遠慮”にはなっていなかったが。


「魔が刺したんだよ。男と女ってそんなもんだろ?」


「刺しますかねえ……」リリアはベネゼッタの間抜けヅラを見て言った。


「刺すんだよ! 私だって時空転移魔法を使えたら、血迷ってこのバカと結婚しちまった若いころの自分を暗殺しに行きたいさ! リーリ、あんたも気をつけるんだよ! このキャスタロックにはこいつみたいなロクデナシがうようよしてるからねぇ!!」


「そうですよ、気をつけた方がいいですよぉ。勇者さま」ベネゼッタは微笑んだ。


──なんなの、この人……


「はぁ……」話がよく分からない方向に向いてきたので、リリアは仕切り直した。「で、ジルさん、お願いっていうのは?」


「ああ、すまないね。ほら、アンタ、さっさと言いな!」ジルはベネゼッタを睨みつけて促した。


「いやぁ、あのねぇ、勇者さまぁ。勇者さまにねぇ、舞踏会に出席してほしいんですよねー」ベネゼッタの口調はだいぶ砕けたものになっていた。さっきまでの芝居がかった感じとも違う。とにかく食えない男だ。


「舞踏会?」


「そう。来週、近隣諸国からお客様をお招きして舞踏会を催す予定なんですよぉ。王子さまとかお姫様とかぁ、お大臣とか、財閥関係者とかぁ、いっぱい来るんですよねぇ。でもねぇ、こんなことになっちゃったじゃないですかぁ。ミスコンでの一件、あれはキャスタロックに対するテロ行為だと思うんですぅ。でも、そういう脅しに屈しないのが、キャスタロックなんですねぇ」


「でもテロと決まったわけじゃ……」リリアは口を挟んだ。


「決まってるんですよぉ。ほらぁ」ベネゼッタは机の上にあった紙を広げて見せた。


「え?」リリアは目をまるくした。


 そこには血のように赤い文字で「舞踏会をぶっ壊す」と書いてあった。


「こういうわけなんですぅ。これが宮殿の庭に投げこまれてたんですぅ。実はね、ミスコンの時もね……」ベネゼッタはもう一枚、紙を広げて見せた。


 そこには同じく赤い文字で「ミスコンをぶっ壊す」と書いてあった。


「ちょっと待ってください! オアシスクイーンコンテストの前にも脅迫状がきてたってことですか!? なんで中止しなかったんですか!?」リリアは最後は叫ぶようになりながら言った。


「だからぁ、さっきも言ったじゃないですかぁ。キャスタロックは脅しに屈しちゃダメなんですぅ」


「そんな……実際に人の命が失われたんですよ!」


「犠牲になった傭兵はあなたのお友達だったそうですねぇ。そして……ジルの……」ベネゼッタはジルの方を向いた。


 ジルは肩を落とした。そこにいつものように威勢のいいジルはいなかった。


「お気の毒でした。本当に本当にお気の毒なことですぅ。でも、脅しにねぇ屈してしまうとねぇ、もっと大勢の命が奪われちゃうんですよぉ。キャスタロックは腰抜けだと世界が思っちゃったらどうなると思いますぅ? 我が国の富を貪ろうと、荒くれ者たちがトーリ砂漠をわたって押し寄せてくるでしょうねぇ。だから、キャスタロックは強くなきゃいけないんですよねぇ」


「それならば、国防を傭兵だけに任せていてはダメだと思います! お金だけ積んでいれば国を守れるとでも? そんなのは無理だと思います。愛国心を持った優れた人材が必要なんです!!」リリアの念頭にはテオドアがいた。


「ま、そういう意見もあるのは知ってるんですけどねぇ。私もその方がいいと思いますよぉ。でもねぇ、なかなかそう簡単にはねぇ。とにかく勇者さま、舞踏会に出席していただけませんかねぇ? 勇者さまがいてくださるなら、私どもも安心してお客様をもてなせるんですけどねぇ」


「リーリ、私からも頼むよ。キャスタロックを守ってほしい。この通りだ」ジルは深々と頭を下げた。


「……わかりました」


「ありがとうございますぅ! 勇者さまぁ!!」ベネゼッタが快哉を叫んだ。


「ありがとう、リーリ」


「仕方ないですよ。ジルさんに頼まれちゃ……」


「ちゃんとアンタにもメリットがあるようにするからさ。私はね、借りはつくらない主義なんだ。きっちりイーブンにしないとねぇ」


「どういうことです?」


「舞踏会にはドレスが必要だろ? また私のをアンタにあげるよ」


「本当ですか! ありがとうございます!」リリアは素直に喜んだ。


「それだけじゃないよ!」そう言うとジルは声をひそめてコソコソと話し始めた。「舞踏会に行くにはね、女性は男性にエスコートされなきゃいけないんだ。え? そんな人いないって言うんだろ? 分かってるって。私がアンタのお相手を3人ピックアップしたから、会ってきな」


「会ってきなって……ええ?」


「1人ずつデートして一番気に入った男を選ぶんだよ。そいつを連れて舞踏会に行くんだ」


「気に入った男って……舞踏会に行くのはテロを防ぐためだし……」


「そりゃそうさ。でもね、リーリ。勇者だって女であることには変わりない。舞踏会を楽しんで何が悪い? イイ男と舞踏会に出かけて、手をつないで顔を近づけてロマンチックな曲に合わせて踊る。お互いの吐息を感じながら、全身で女としての悦びを感じる。貴族でもない庶民の娘にとっちゃ憧れだろ?」


「憧れですぅ!」リリアの目はなぜか輝いていた。リリアの頭からテロのことがすっかり飛んでいった瞬間だった。


「私、何度も何度も空想してたんです! 運命の人と巡り合って、舞踏会で熱い口づけ……キャー!! どうしよ!? しかも、三人も? 私、選ぶ立場? あー、ヤバい。ちょーヤバい」


 狂喜乱舞するリリアだったが、一番大事なことは忘れなかった。宮殿の大広間を辞する時に、ベネゼッタに言った。


「一つ条件があります。今回の一件に関するディグの功績を讃える声明を出してください。ピュロキックスを倒したのは、私……みたいに思われてますけど、それは違います。ほとんど99%倒したのはディグなんです。私は、最後の最後にほんのちょっと手伝っただけ。だから、本当の英雄はディグなんです。だから、お願いします」


「石碑を建てよう」横からジルが言った。「オアシスにディグの活躍を記した石碑をつくるんだ。そして、代々語り継いでいくのさ。キャスタロックを守ってくれた英雄のことを」


「考えておきますねぇ」 ベネゼッタが言ったが、即座にジルが一喝した。


「ふざけんな! 今決めるんだ! 即決しろ!!」


「ええ? そんなこと言われてもぉ。俺1人じゃ決められ……」


「バラしてもいいのかい? 私はアンタの性癖から何からぜ〜んぶ知ってんだ。最近もトーニャ街のフーゾクでやらかしたみたいじゃないか……」


「わかりました! 石碑、つくりまーす!!」


「宝石を散りばめよう。ゴージャスにいこうじゃないか」


「はい! 宝石、発注しまーす!」


「設計は新進気鋭の彫刻家に頼もうか」


「はい! 何人かピックアップしておきまーす!」


 こうしてジルの力添えもあって、ディグの功績を讃える石碑の建造が決定した。脅迫により、一国の元首である男を屈服させるジルの横でリリアは感慨に浸っていた。


──リュドミラちゃん、あなたの愛した人は伝説になるんだよ!

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