第71話 キャスタロック宮殿
結局、ピュロキックスのミスコンジャック騒動の死者はディグただ1人だった。寄生され体をのっとられた者たちは栄養失調を訴えただけで大事には至らなかった。針で刺された者もほとんどが軽傷で済んでいた。
惨事を目にしたものはみな、奇跡だと言った。
キャスタロック警察はピュロキックスは何者かによって持ち込まれたものと結論づけた。ピュロキックスが生息するのは、はるか東にある熱帯雨林が広がる地域で、キャスタロックのあるトーリ砂漠で目撃されたことはなかった。
しかし、その<何者か>は皆目見当もついていない。当然、その目的も。キャスタロックを狙ってのことか、それとも単なる愉快犯か、はたまた自分でも気づいていないうちに寄生されて持ち込んでしまったのか。
キャスタロックの人々は得体の知れない敵を恐れた。しかし、同時にこの街に勇者がいる安心感を得たのだ。
あれから3日経った。
オアシスでは街の住人たちが協力してピュロキックスが破壊した瓦礫の撤去を行なっていた。まだ惨事の爪痕は生々しく残ってはいるが、
そこにリリアの姿もあった。
「勇者さまがそんな雑用をするなんて滅相もない!」「やめてください! 私たちがやりますから」などと言われたが、それを押し切って参加している。体を動かしていた方が気が紛れるからだ。
「リーリ、いや、リリア……さま? だっけ?」ブルニュスがやってきた。
「リーリでいいよ。なに畏まってるの?」リリアは少し微笑んだ。
「だってさぁ、リーリ、勇者なんだろ? 世界を救ったんだろ?」
「ま、一応ね」
「じゃ、偉い人じゃん」
「別に偉かないよ。私は花屋でバイトしてるリーリ」
「……じゃ、今までどおりでいいんだな?」
「当たり前でしょ、アハハ」
リリアは笑顔をつくったが、内心うんざりしていた。
自分の素性がバレてからというもの、周りの態度が著しく変化した。やりにくいったらありゃしない。
「おい、リーリ……」ブルニュスが顎をしゃくった。その方向には──
リュドミラがいた。瓦礫を運ぶ人を手伝っている。
「リュドミラちゃん……」リリアは目を疑った。
「たぶん爆竜石のかけらを探してるんだと思う。俺、リュドミラにあげたんだ。俺がひろったディグのあんちゃんの爆竜石……。リュドミラが持っておくべきだと思ったんだ」
「……そうだね。それがいいよね」
「リュドミラってすげえ女だよな。ディグのあんちゃんが死んですんげえショック受けてんだろうと思ってたけどよ。俺は最低半年はひきこもるだろうなあ、なんて思ってたんだが……立ち直り早くて良かったよ」
「そんなことないよ……」
「え?」
「立ち直ってるわけないじゃない……」
リリアはディグの死後、ちゃんとリュドミラと言葉を交わしていなかった。自分には説明する責任があると感じていたが、どうやって説明すればいいかわからないし、どこまで言っていいのかも分からなかった。
遠くてリュドミラの表情ははっきりとは分からなかった。リリアはそのことに救われたような気がした。リュドミラの深い悲しみを今の自分は背負うことができそうにないから。
「勇者さま」 リリアは呼びかけられた方を向くと、初老の騎士が跪いていた。
「あの……」
「勇者さま、不躾なお願いで大変恐縮ですが、宮殿までご足労願えないでしょうか?」騎士が言った。
「あなたは?」
「私は、キャスタロック近衛兵団のミクルスと申します。ベネゼッタ総統の使いで参りました」
「わかりました。参りましょう」リリアはすんなりと快諾した。実は予感があったのだ。勇者だとバレたからには、キャスタロック政府から呼び出しがあるだろうと。まさか総統じきじきとは思っていなかったが。
宮殿はオアシスのはずれにあった。オアシスクイーンコンテストの会場とは対岸になる。
「おお勇者さま!この度はなんと御礼を言ってよいやら!」ベネゼッタ総統はリリアの顔を見るなり近づいてきた。
「いやいや、そのお召し物ですと、勇者さまというよりもお姫さまとお呼びしたくなりますが、あっはっは」リリアは花柄のワンピースを着ていた。
このベネゼッタという恰幅がよく脂ぎった初老の男は総統というよりも狡猾な商人といった印象でイチイチ、芝居がかっていてうさんくさい。
──この人、信用できないわぁ
恐ろしく広い応接間に通されたリリアは、さらに贅を尽くした煌びやかなインテリアにも圧倒されつつ、落ち着かなかった。
──ガレリアよりも絶対、金持ちね……。で、一体なにかしら? どうせ頼まれごとでしょ?
「勇者さまにお越しいただいたのは他でもありません。実は、勇者さまにお願いしたいことがあるのでございます!」
──ほらほら。きたよきたよ。
「お断りします」
「まだ何も申し上げてないではありませんか! せめて話だけでも……」
「私はすでに勇者という身分を捨てたのです。今の私は花屋のバイト。お花に関するご依頼でしたらなんなりと」リリアは微笑んだ。
「リーリ、私からも頼むよ」ドアを開けて入ってきたのは、ジルだった。
「ジルさん! 入院してたんじゃ……その怪我で動いたら……」
「私はこの通り平気さ」ジルは両手を目一杯広げて元気アピールしたが、「いててて」やっぱりピュロキックスの針にやられた脇腹は痛むようだった。
「ほらぁ! 大丈夫じゃないでしょう!?」リリアは言った。
「ま、まあまあ。それで、私に免じて、こいつの話を聞いてやってもらえないかい?」ジルはベネゼッタを見て言った。
「ジルさん? 総統とお知り合いなんですか?」
「こいつはね、私の元亭主だよ!」ジルは不機嫌そうに吐き捨てた。
「えええ!」
「てへっ! そうなんですよぉ。勇者さまぁ」馴れ馴れしい口調で語りかけてきたその脂ぎった顔に、リリアは虫唾が走った。
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