第69話 阻止しようと勇者は……

 「あのデブ、いつも麻薬たくさん買ってる野郎だ。たぶん、今も持ってると思う」ブルニュスはそう言うと、傭兵の後ろでガタガタ震えているパラヤンを目掛けて走っていった。


 そして、背後から忍び寄ると、パラヤンが腰に巻いていたバッグをスった。ピュロキックスに釘付けということもあるだろうが、パラヤンは全く気づいていない。


 ブルニュスはカバンの中にあった大量の麻薬入りの小袋をリリアに見せてガッツポーズした。


「あいつ、スリの才能もあるんだ……」リリアは少し複雑な思いでその成り行きを見ていた。


「リリア、お前の恋人、やるじゃねえかよ、アハハ」ディグがからかった。


「殺すよ……」リリアは凄まじい殺気だった。


「ま、まあとにかくよ、麻薬が手に入ったんだ。これで、体を乗っとられたヤツらからムカデ野郎どもを追い出せるじゃねえか。そんでもってあんたの……」


「火炎魔法。任せといて、ダイナグールド級をぶっ放すわ!」


 ダイナグールドとは勇者しか使えない最強レベルの火炎魔法だった。例えるならば巨大隕石を落とすようなものだ。一発で街ごと焼き尽くすことだって可能だろう。


「ちょっと待て! ダイナグールドは……」ディグが言うと、リリアは舌をペロっと出した。


「冗談だよぉ! っていうか、こないだ砂漠で魔力をかなり放出したから、やりたくても無理、アハハ。ちょちょいっと火柱を何本か立てて仕留めるよ」


 ブルニュスが戻ってきて、小袋入りのカバンを投げてよこした。キャッチしたのはディグだ。


 ディグはブルニュスに向かって親指を立てた。そして、ブルニュスもそれに倣って親指を立てた。


「じゃ、ちょっくら俺がこいつを撒いてくる……」


 リリアとディグはステージを飛び降りた。ディグはピュロキックス感染者たちの周りをグルグル回りながら麻薬の粉を撒き、リリアがその後方で身構えている。


 感染者たちの口から次々にピュロキックスが這い出てくる。ディグの体内からも二十匹あまりが飛び出していった。


 巨大なムカデが何百匹と蠢く様は、まさに恐怖そのものだ。いたるところで悲鳴が上がり、衛兵たちは完全に腰が引けてしまっている。


「リリア、今だ!」ディグは叫んだ。


「任せとい……ええぇ!?」リリアは目を疑った。


 散らばっていたピュロキックスが、一箇所に集まり、融合し、山のように巨大な1匹のモンスターへと変化したのだ。その姿は神話に出てくる邪悪な神々のようにどこか神聖さを帯びていた。


「これダイナグールドじゃなきゃ無理じゃない!?」リリアは巨大ピュロキックスを見上げて言った。


──ダイナグールド級が放てないなら、剣術と組みわせて威力を上げるしかないけど、剣、持ってないし。っていうか格好これだし。


 リリアは自分のドレス姿を見てため息をついた。


「やっぱり私にはこういう格好似合わないってことなのかなぁ」


 巨大ピュロキックスの魔の手がステージの上に伸びようとしていた。出血のひどいジルはブルニュスが、そして、気を失ったままのリュドミラはディグが抱きかかえてステージから避難させる。


「ん? ……あれ? ディグ……くん?」リュドミラはディグの腕の中で目覚めた。


「姉さん、怖かったろう。でも、もう大丈夫だよ」ディグは優しい微笑みを彼女に返した。


「!!」


 リュドミラは目覚めて十秒で気絶しそうになった。あまりにディグがカッコよかったから。


「ちょっとここで待っててくれよ」ディグはステージの脇にあるヤシの木の陰にリュドミラの体を下ろすと、ピュロキックスに向かって走っていった。


「なによ、これ……なんなの?」リュドミラはドキドキしていた。こんな状況にもかかわらず恐怖心よりも乙女心が勝ったのだ。「ディグ君、マジヤバでしょ!!」


 そのころ、リリアは傭兵部隊の元へ駆け寄っていた。


「その剣、貸してください!」リリアは突っ立っているだけの傭兵に言った。


「え? ああ、いいけど……」


 リリアはひったくるようにして剣を握ると、巨大ピュロキックスを追いかけた。しかし、キモノドレスのスカート部分は長く、走りにくい。


 ──ああ、やっぱりドレスは動きにくいよぉ。ごめん、ごめんねージルさん。ホントにごめんなさーい。


 リリアはスカートの下50センチを剣で切り落とした。膝上10センチのミニスカートになり、いくぶんマシになった。


 ピュロキックスはステージを粉々に破壊し、そのままカジノが立ち並ぶ目抜き通りに出ようとしていた。


 一足早く追いついたディグが巨大ピュロキックスの進路に立ち塞がる。そして、目を閉じて拳を握った。逆立った金髪がさらに逆立つ。


「うぉおおおおおお!」ディグの体から凄まじい闘気が放たれた。


「ダメ! ディグー!!」リリアは叫んだ。


 しかし、ディグはやめようとしない。魔力を最大限に高めているのだ。目的はただ一つ──


──ディグを止めなきゃ! なんで私の言うこと聞かないのよ!! テディさん、あなたからも言ってやってよ!!


リリアは巨大ピュロキックスめがけて高々とジャンプすると呪文を唱えた。


「螺旋の炎よ、我が剣に宿れ!」リリアの剣に昇竜のような火柱が立つ。リリアはジャンプしたまま体に回転を加えた。火柱が火の玉へと変化する。


──間に合って! お願いだから!! ディグー!!


 リリアは心の中で叫んでいた。


 一方、ディグの心は穏やかだった。目を開けると、機械のような無表情で敵を見据えた。わずかな揺らぎもなかった。しかし、巨大な魔物の背後にリュドミラの姿をとらえた一瞬だけ、心に小さな波紋が広がった。


 しかし、それが一体何なのか、ディグには分からなかった。


 

 


 

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