第67話 大混乱の中で勇者は……②

「リーリ、身体の中に潜り込んでるのは1匹だけじゃねえ。たくさんいるから気をつけろ!」ブルニュスが言った。


「了解!」リリアは麻薬を小袋から掌に出すと、血の涙を流すリュドミラに向かって、ダッシュした。目にも止まらぬ速さで一気に間合いを詰める。それは勇者としての本領発揮だった。


 リリアは反応できずにいるリュドミラの顔に思いっきり麻薬をぶちまけた。


「ぎゅるあああああ!」


 咆哮が鳴り響くと、リュドミラの口からピュロキックスが外へと逃げ出していく。1匹、2匹、3匹……全部で7匹もリュドミラの体内に潜んでいた。


 リリアはステージの上に散らばり、ゲジゲジのように蠢くピュロキックスに向かって、火炎魔法を放った。


「炎の刃よ、宙を切り裂いて闇を滅っせ!」指から放たれた炎は四方八方に飛んでいき、全て命中。ピュロキックスを焼き尽くした。


「リーリ、お前……」その様子を見ていたブルニュスは驚きを隠せなかった。自分のよく知っている年上のドジっ子が、圧倒的な強さを見せつけて魔物を倒したのだ。


 リリアは倒れているリュドミラの元に駆け寄った。


「リュドミラちゃん!」


 ジルもやってきてリュドミラの顔を覗き込んだ。


「リュドミラ! リュドミラ! しっかりするんだよ!!」


 と──


 リュドミラの身体から針が伸びてジルを串刺しにした。


「ジルさん!!」リリアは素早くジルの身体を抱きかかえて飛んだ。リュドミラとの距離は5メートル。


「リーリ、魔物がまだ中にいるんだよ! あのゲジゲジが!!」ブルニュスが叫んだ。


「そうみたいね……、油断しちゃったよ……せっかく、ブルニュスが忠告してくれたのに! 私、ホントバカ!!」


 リリアが視線を落とすと、ジルは口から血を吐いた。刺された胸のあたりからは大量の血が噴き出している。一見して命に関わると分かった。


──こんな時に回復魔法が使えたら……。なんで私の能力は攻撃一辺倒なのよぉ!! ホント、使えないわ!!


 ブルニュスがステージに上がってきた。リリアはジルの身体を預けて言った。


「ブルニュス、ジルさんのこと頼んだからね! 絶対、守ってよ!!」


「ガッテン承知の助!!」


「なにそれ……ま、いいけど」


「チビっ子にはけっこうウケるんだぜ……」ブルニュスはお気に入りの決め台詞の評判がよろしくないことに少しガッカリしたが、とにかく目の前のやるべことをやった。ジルの傷口を手で塞いで止血し、無理のない体勢にしてやった。


「あんた、やっぱりそういうとこ……」リリアは言いかけてやめた。


 目の前で必死で命を救おうとしている少年が頼もしかった。自ら判断し、手際よくこなす。全てが的確だった。こういう人材が1人いるだけで、そのパーティの力量は格段に上がる。


──あんたみたいなのが1人でもいたら、もうちょっと苦戦しないで魔王に勝てたかもねぇ。


 歴戦の勇者は感心していた。ブルニュスは確かな才能を宿している。本人はそのことに全く気づいていないが。


「炎の川よ、流れよ!」


 リリアは火炎魔法でジルとブルニュスをぐるっと囲う炎の円を描いた。いかにピュロキックスと言えど、その中に入るのは難しいだろう。そして、リリアはその円から出てくると、間合いを詰めてくるリュドミラに向かって叫んだ。


「リュドミラちゃん、ごめんね! あとでいっぱい謝るから!!」


──ビュン


 リリアは素早い動きで残像を残すと、リュドミラの腹に肘鉄を食らわせた。手応えがあった。


──よし! これで動きが止まるはず……え?


「ぎゅるぅ」リュドミラは不気味に笑うと、口からピュロキックス本体を吐き出した。


「ぎゃあああ、む、虫がぁあああ!!」ピュロキックスはリリアの顔に張り付いた。そして、リリアの口をこじ開け、体内へ入ろうとする。


「あぐ……あぐう」リリアはまるで巨大なムカデを丸呑みしようとする格好だ。


──虫、超嫌い! マジ嫌い!! 気持ちわるー!!


 それでもリリアは冷静だった。小袋から残りの麻薬を手にして、ピュロキックスの身体にすり込んだ。


「ぎゅるるるるぅるうる!!」リリアの喉元まで侵入していたピュロキックスは反対に、リリアの手から逃れようともがいた。


「逃げようってったってそうはいかないからね!」リリアはピュロキックスを捕まえて、さらに麻薬をすり込んだ。そして、リュドミラの口の中に押し込んだ。弱っていたピュロキックスはすんなりとリュドミラの口の中に逃げ込んだ。


 リリアは、リュドミラの口をおさえてピュロキックスが出てこられないようにした。


 リュドミラの体内ではピュロキックスたちが暴れているようだった。ものすごい振動が伝わってきた。


と、リュドミラの体内から針が飛び出してきた。くるしまぎれの攻撃にほかならなかった。


「いたたッ!」


 リュドミラの肩を何本かの針が貫いたが、大した威力ではなかった。


──だいぶ、弱ってるみたいねぇ。我慢比べなら負けないよー


 さらに、針が飛び出してきて今度はリリアの腕を貫いた。しかし、リリアは構わずにリュドミラの口を塞ぎ続けた。


「やっぱ痛いわぁ〜、そろそろくたばってよ〜」


 リリアは泣きそうになっていたが、やがて、リュドミラの体内が静かになった。


「ピュロキックスちゃん、じゃそろそろ出てきなさい!」リリアはリュドミラの腹を思いっきり殴った。


 と、リュドミラの口から弱りきったピュロキックスが次から次へと出てきた。リリアはその一つ一つを火炎魔法で燃やしていった。


 結局、リュドミラ1人の身体に合計12匹のピュロキックスが巣食っていたのだ。


 魔物が体内から出ていくと、リュドミラの血の涙は止まり、気を失った。リリアがすかさず抱きかかえる。


「リーリ、リュドミラは!?」 ブルニュスが叫んだ。


「大丈夫だよ! 心配ないからぁ。ただ、気を失ってるだけ」そう笑顔で応えたリリアの背後に立つ影──それは、ディグのものだった。


「ディ、ディグ……?」


 ディグは異様なオーラを放ちながら、リリアに近づいてきた。




 

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