第66話 大混乱の中で勇者は……①
リリアへのスタンディングオベーションは随分と長い時間続いていた。フライングスネーク谷間キャッチは観衆の心をガッチリと掴んでいた。リリアは手を振ってそれに応えると舞台袖のジルを手招きしてステージに呼び込んだ。
ジルがステージに現れると、拍手はさらに勢いを増した。
「今日、披露したのは、こちらにいる伝説のクイーン、ジル・クレイバーグさんが私に伝授してくれたものなんですよー。ジルさんがいなかったら、私はここに立つこともなかったでしょう。本当に感謝しています! ジルさん、ありがとう!!」リリアはジルの顔を見つめて言った。
「みんな、今日のリーリの芸をよーく目に焼き付けとくんだよ! そして、今日ここに来てないヤツらにも伝えていくんだ。リーリのおかげでこのオアシスクイーンコンテストは変わるよ。マンネリで、客に媚びただけの小娘が優勝をかっさらうようなミスコンなんていつか廃れる。オアシスクイーンは最高にエキサイティングなショーで決めなきゃダメだろ? ここはエンタメの本場、キャスタロックなんだから!」
観衆は熱狂し、暴風雨のような歓声がビーチに轟いた。ジルは一流の演説家だった。キャスタロックに普通選挙があれば、女性初の総統になっていたに違いない。
観衆が静まるのを待って、ジルは言葉を継いだが──
「私はこういう日が来るのをずっと……」すぐに目を丸くして押し黙った。
出場者たちがステージに上がってきたのだ。エントリーナンバー2と3を除いて全員いる。
「どうしたんだい? アンタたち……? 出番はまだだよ」ジルは言った。
「……」出場者たちはノーリアクションだ。
「へーい、クイーン候補のみんなぁ! 俺が順番にホットでクールなコールで1人ずつ呼び込んじゃうから、舞台袖でスタンバイだぜ! オーケー?」MCが言った。
「……」やはりノーリアクションだった。
ジルは出場者たちの先頭にいるリュドミラに話しかけた。
「ねえ、リュドミラ! どうしちゃったんだい!? 」
リュドミラは目から血の涙を流し始めた。
「リュ、リュドミラ?」ジルが歩み寄ろうとした瞬間!
「ジルさん!!」リリアがジルを抱きかかえて飛んだ!
「何するんだ! リーリ……」ジルは顔のすぐ横に伸びた針を見て固まった。そして瞬時にリュドミラが自分を串刺しにしようとしたことを悟った。リリアの顔を見ると、針が頬をかすめたようで血が滴っている。
「ジルさん、あれはリュドミラちゃんじゃない! 魔物に体を乗っ取られてるの!!」リリアは叫んだ。
一方、それを見ていた観衆は……
「いいぞ!」「すげえすげえ!!」「遠いところ無理して来てよかったぁ〜」と、ミスコンの余興だと信じて疑わなかった。ただ1人を除いては……
客席にいたブルニュスだ。
「あれは魔物だー! みんなー避難するんだー!! 早くぅー!! 早くしねえと手遅れになるんだ!! 頼む、俺の話を聞いてくれ!!」そう叫んで回ったが、誰も耳を貸そうとはしなかった。
「坊主、邪魔だ! 今、いいところなんだよ!!」ブルニュスはガタイのいい男に殴られて、地面に突っ伏した。
「く、クソッタレめ!!」ブルニュスが砂を噛みながらステージの方を見ると、ピュロキックスに寄生された女たちが階段を降りて、客席に近寄ってきた。全員、血の涙を流しているが、それも演出だと思っている観衆は、さらに盛り上がった。
「なんだヴァンパイアの真似かい?」「セクシーな魔物だよ、俺を襲ってくれ〜」チャラチャラした男連中が、女たちに向かって叫んだ。中には腰を振って下品な挑発をしている者もいる。
──ギュン。
閃光のように黒い物体が宙を切り裂くと、女たちの身体から出た針が観衆の体を貫いた。
地獄絵図。血があちこちで花火のように飛び散った。
「ぎゃああああああ!!」
大混乱の客席で逃げ惑う人々。この期に及んで、ようやく観衆は理解したのだ。自分たちは魔物の群れに襲撃されていることを。
遅れてステージに出てきたエントリーナンバー2と3を含め、総勢14人のピュロキックス感染者がいた。歩きながら針を体内から出し入れする。その度に悲鳴が上がり、血が流れた。
ブルニュスは持っていた麻薬入りの小袋を迫り来る感染者たちに向けて投げつけた。
「くたばれ! 化け物。姉ちゃんたちの体から出ていけ!!」
麻薬の粉が風にのって何人かの感染者の身体にかかる。
「ぎゅるぁあああ」魔物らしい咆哮とともに、感染者たちの口からムカデのようなピュロキックスが何匹か這い出ていった。そして、魂が抜けたように倒れた。
「よっしゃ! ディグのあんちゃんの言った通りだ!!」
ブルニュスが肩から提げた鞄を探ると、小袋が大量に出てきた。「あんまり取りすぎると密売組織にバレるからちょっとにしとけ」と言うディグの言葉に従うフリをして、こっそり麻薬を持ち出していたのだ。
ブルニュスは魔物たちから逃げる人の波に逆流してステージに向かって走った。
「リーリ!」ブルニュスが叫ぶと、ステージ上のリリアと目があった。リリアは針を突き出してハリネズミのようになったリュドミラと対峙していた。
「ほら、俺たちの最終兵器を使うんだ!!」ブルニュスは小袋をリリアに向かって投げた。
「あんた、頼りになるじゃない」リリアは微かに笑った。
「今頃気づくなって」ブルニュスは満足げに言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます