第65話 心優しきアサシンは……

──距離をとらねえと。


 ディグは真っ先にピュロキックスの針攻撃を警戒した。先日の路地裏での邂逅では優に三メートル以上は伸びてきた。


 今、エントリーナンバー2と3の女たちとの距離も三メートル。ギリギリだ。

しかし、背中は出演者控室のドアにくっついてる。


──控室のドアを破って中に入るしかねえが……中にいる姉さん、いや女の子たちを危険にさらすわけにはいかねえ。ここで迎え撃つしかねえ。


 ディグはズボンのポケットを探った。そこには先日の“秘密基地探索”の成果である麻薬が入った小袋が入っていた。取り出して、女たちにかけようとしたが──


ビュン!


 黒い影がものすごいスピードで飛んできた。エントリーナンバー2の口からピュロキックスが飛び出してきたのだ。


「!!」


 ディグはよけきれず、顔に張り付かれてしまった。


「うぐぐぐぐぐ」ディグは顔に巻きつき、口に入ろうとするピュロキックスを手で防ごうとしていた。そして、もう一方の手で小袋に入った麻薬を巨大なゲジゲジのような身体に振りかけた。


「ギィビヤァアア」ピュロキックスは断末魔の叫び声とともに溶けていった。ディグの顔にはベトベトの油のような液体がこびりついた。


「気持ちわるっ!」顔をしかめたディグだったが、すぐさまエントリーナンバー3にも麻薬を振りかけた。今にも口から出ようとしていたピュロキックスは同じように叫び声を上げて溶けていった。


「はぁ」ディグは肩で息をしていた。エントリーナンバー2と3は倒れていて動かない。ディグは警戒を少し解いた。


「1匹だけじゃねえのかよ! っていうか姉さん!! 姉さんは無事か!?」ディグは控室のドアを蹴破った。


「?」


 中はもぬけの空だった。誰もいない。しかし、テーブルや椅子がひっくり返っており、出場者のものであろう私物が散乱していた。何か争いがあったのは間違いない。


──なんだなんだなんだ! どうなってやがる!! 


 と、背後から物音がした。ディグは素早く振り返る。


「ええぇ? マジかよ……」


 倒れていたエントリーナンバー2と3が立ち上がって、フラフラと中へ入ってきた。目は血走り、言葉にならないうめき声を上げている。一目見ただけでその異様さははっきり分かる。さっきまでよりもモンスター度合いは格段に上がっていた。


 魔物に取りつかれた2人の女は、またしても口からピュロキックスを吐き出した。それはまるで口から弾丸を飛ばすようだ。ディグは二発の“弾丸”を素早い身のこなしでかわした。そして、壁に激突した二匹のピュロキックスは床に着地し、ムカデのように這い回りながらディグに迫ってくる。


 ディグは短剣でピュロキックスを威嚇した。


 と、ムカデ型のピュロキックス本体はディグに向けて体の中からハリネズミのような針を突き出した。さらに、後ろにいたもう1匹も。電光石火の連続攻撃だ。


「あっぶねえ!」ディグはすんでのところでかわした。そして、麻薬を振りかけようと小袋の中を探ったが……


「ちょっとちょっとぉ……マズくねえか……」


 もう小袋は空だった。


 ディグは自分の甘さを呪った。ピュロキックスは1匹だけだとタカを括っていて、麻薬をほんの少量しか携帯していなかったのだ。


 “秘密基地”から大量に奪えば、密売組織にバレてしまうかもしれない、そういう思いもあった。自分だけならまだしも、ブルニュスの身を危険に晒すわけにはいかない。


 だから、小袋に詰めただけでやめておいた。


 しかし、そんな優しさが命とりになるのだ。ディグはそのことを痛いほど知っていた。知っていたのだが……


「クソっ!!」


 落胆する間もなくエントリーナンバー2と3はさらなる“弾丸”を放ってきた。またしてもすんでのところでかわす。


 床を這い回るピュロキックスは4匹になった。口から緑色のベトベトの液体を垂らしながらディグの方ににじりよってくる。


 ディグは後ずさったが、すぐに壁に追い込まれてしまった。そして、さらなる“弾丸”が女たちの口から発射された。


「ちぃ!」ディグは短剣で“弾丸”二発を薙ぎ払った。


 床を這い回るピュロキックスは6匹。もうディグは針の射程圏内に入っていた。


 6匹が同時に針攻撃を繰り出す。


「うぉおおおりゃああああ!!」


 ディグは短剣の斬撃を素早く繰り返して針を折っていったが、そのうちの一本がディグの膝を貫いた。


「うぐぅ!」ディグはあまりの痛みに顔を歪ませる。


 そして、次の一本は肩の下、さらにその次は脇腹に。ディグは磔にされたように身動きがとれなくなった。


 さらに、追い打ちをかけるようにエントリーナンバー2と3は“弾丸”をディグの顔めがけて発射した。


 2匹のピュロキックスがディグの顔に張り付いた。ディグはもがきながら、ピュロキックスをはがそうとするが、無常にも次の“弾丸”が──


 次第に抵抗できなくなっていくディグの身体。“弾丸”は容赦なく発射しつづけられた。


 ピュロキックスはディグの顔、いや、今や上半身を覆い尽くしていた。そして、次々に口から中へと潜り込んでいった。




 

 

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