第64話 アピールタイムで勇者は……

 オアシスクイーンコンテストは第二部のアピールタイムが始まった。


 参加者たちはウォーキング審査の成績順で登場する。最下位だったリリアがトップバッターだ。


「さあ、リーリちゃん! アピールタイム、レッツスタートぉ!!」MCのコールがかかる。大歓声が沸き起こった。


 舞台袖でリリアはその声を聞いていた。落ち着きはらった表情だった。


「リーリ、あんたならやれる」隣にいたジルが声をかけた。


「イエス」リリアは応えた。


「あんたは天才」ジルは続けた。「どうせ下手くそなダンスか歌でもやるんだろうとたかを括ってる愚かな客どもに思い知らせてやるんだよ! あんたは、常識をぶっとばすハリケーンだ! 時代を切り拓くボルケーノさ!! 誰もあんたには追いつけやしない。ドラゴンのように地平線の彼方に飛び去っちまいな!! そして、あんたが立っていた場所には伝説が残る。いいか、リーリ。ぶちかましてやりな!!」


「ラジャー」


 まるでボクサーとセコンドのようなやりとりをすると、リリアはステージへと足を踏み出した。体中にヘビを巻き付けて……。


 会場がざわつく。


「へ、ヘビじゃねえかよ……」「うわ、気持ちわるっ」「あの女、おかしいんじゃねえか?」と引いてしまった人もいれば「最高にセクシーだわ!」「興奮するぜ!」「なんだか神々しいわ」とテンションが上がった人もいる。


 客の第一印象は賛否両論だった。


 リリアはステージ中央で立ち止まった。身体を這うヘビどうしが威嚇しあって牙を向いている。


 大観衆は固唾を飲んだ。


「キャアアア! 噛まれちゃうよ!!」「やべえよ、危ねえよ!」「おい、主催者、やめさせろ!」などと声が飛ぶ中──


 リリアは目を閉じた。


──集中。私は全てを司る。


 リリアの感覚は研ぎ澄まされ、全身に電気が走るような感覚を得た。内なる炎が燃えている。体内で魔力が増幅していくのが分かる。リリアは腰を少し落として重心を定位置に据えた。魔物と対峙した時と同じだ。


──ハロー、キャスタロック。これがフライングスネーク谷間キャッチ。そして、これが……私よ!


 リリアは凄まじいスピードで身体を回転させた。一回転、二回転、三回転──体中に巻き付いていたヘビが遠心力で飛ばされ、宙に舞う。全部で五匹。特訓の時よりも数を増やしていた。


 フライングスネークたちはリリアの頭上でハートを形作った。


「ハンパねえ!」誰かが叫んだ。


 やがて、ハートは形を崩していき、フライングスネークが重力にからめとられて落下し始めた。


 一匹、また一匹とリリアは谷間でキャッチしていく。キャッチされるとヘビは谷間の中に吸収されるように、消えていった。


 全てキャッチし終わると、リリアは手を広げてポーズをとった。すると、ドレスの中に潜り込んでいたヘビたちが一斉に谷間から顔を出した。


「ラブ&ピース。これが私のメッセージよ! 世界中に届け!!」


 リリアは叫んだ。全力を出し切った者が見せる、清々しい表情をしていた。


 大喝采。スタンディングオベーション。会場のボルテージは最高潮。


 その様子をディグは会場の一番後ろから見ていた。


「……そのメッセージは勇者の格好の時に言えよ……ヘビ使いの言う言葉じゃねえんじゃねえの」


 リリアのヘビの扱いが見事過ぎて、ディグは笑ってしまった。しかし、同時に関心もしていた。これほどまでに多くの人の心を一瞬にして掴むのは勇者としての天賦の才能に違いない。


「おっと、こんなところで道草食ってる場合じゃねえ」ディグは人ゴミをかき分け、バックヤードの方に歩いていった。


 ディグはリュドミラに会いにいったのだ。突然の婚約宣言に驚いて水場に逃げていた間にウォーキング審査は終わっていた。リュドミラのことだ。自分が会場にいなかったことに気づいているだろう。


「ディグ君、ひどいよ! 姉さんから片時も目を離さないって言ってくれたじゃん!!」などと怒られかねない。


 機嫌をとるためにも、アピールタイム前に会っておきたかったのだ。


 客席からバックヤードまでには警備担当の屈強な男たちが何人もいたが、気づかれずに忍び込むことなど、一流のアサシンだったディグにとって造作もないことだった。塀を飛び越え、柱を伝い、梁を駆け抜けて、あっという間に進入成功だ。


 バックヤードに入るとドアが2つあった。1つには<スタッフ控室>、もう一つには<出演者控室>の張り紙が貼られていた。


──え? 一部屋だけ? 全員同じ部屋ってことかよ? 控室って個室じゃねえんだ……


 ディグは控室のドアの前に立つと、耳をそば立てて中の様子を窺った。話し声はおろか、しーんとしていて何も聞こえてこない。


──どうするよ、おい……なんとか姉さんに俺が来てること気づかせる方法はねえもんかな。ノックなんかして入るわけにはいかねえもんな。俺、忍び込んでるわけだし……万が一、姉さんに迷惑がかかっちゃ自爆しても許されねえ。


 ディグが途方に暮れていた時──


「どうしたの? あなた、何か用?」背後から声がかかった。


 ディグが振り返ると、そこにいたのは2人の女──ドレスを着た出演者だ。胸についたエントリーナンバーの札を見ると<2>と<3>だった。


「あんたら頼まれてくんねえか、リュドミラって人に……」ディグは言いかけて止まった。2人の目から血が流れていたからだ。


「どうしたの? リュドミラちゃんを呼べばいいの?」 エントリーナンバー2は無表情で言った。


「あなた、誰?」エントリーナンバー3は不気味なオーラを放ちながらにじり寄ってきた。


「あんたら……」ディグは後ずさりして、腰に下げた短剣に手を伸ばした。そう、ディグはすでに気づいていた。彼女たちの正体を。




 

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