第63話 迫り来る危機に勇者は……②

 オアシスクイーンコンテストはウォーキング審査を終えると、休憩に入った。今は中間投票の時間だ。


 入場整理券と一緒に渡された投票用紙が回収され集計を行う。一万人規模だから大変な作業になるが、そこはエンターテイメントの本場、キャスタロック。専門の業者がいて即時開票し、順位が決まる。


 リリアはバックヤードで肩を落としていた。ウォーキング審査はさんざんなデキだったのを自覚していたからだ。何度も足がもつれたし、つまずいた。スピーチの後は、大観衆にも慣れてきていたのだが……。


 リュドミラは他の参加者たちと談笑している。今日初めて会ったのに、すっかり打ち解けているのはリュドミラのコミュニケーション能力の高さに他ならない。リリアはその様子を見ながら泣きたくなってきた。


──ごめんね、リュドミラちゃん。あんなに一生懸命教えてくれたのに……


 単純にリリアはモデル歩きが苦手だったのだ。リリアの歩き方は武人のそれである。いつ敵に襲われようと、瞬時に反応できるよう重心を低くしている。だから若干ガニ股になるのだ。それを短時間で矯正しようというのが、土台無理な話だった。


 リリアは歩きながら、舞台袖でジルがため息をつく瞬間、そしてブルニュスたち応援団が目を背ける瞬間をはっきり目撃していた。


──あのリアクションはそうとうね……最下位だったらどうしよう……そんなわけないか。ウン、そんなわけないよ! スピーチの受けはすっごく良かったし、まさか、最下位なんてことは……



 あった。


 しかも、ダントツ。


 集計業者が持ってきた速報の張り紙を見て、リリアは気絶しそうになった。


──人生、甘くないんだね……知ってたけど


 自分のふがいなさを受け止めるのに少し時間を要したが、すぐにリリアは立ち直った。


──まあ、別に順位を気にしてるわけじゃないし。気にしてないし。参加することに意義があるんだし……私、大丈夫。大丈夫よ、きっと。次、頑張ればいいんだ。はい、次いこう! 


 持ち味の自己催眠を繰り出して難局を乗り切ると、リュドミラのことが気になった。リュドミラは3位につけていた。


「リュドミラちゃん、さっすが!」リリアはリュドミラに抱きついた。


「うん、あー、でも私ちょっと失敗しちゃったかなぁ」リュドミラは苦笑いした。


「えー、そんなことないでしょう?」


「あのね、ディグ君の姿を探しながら歩いてたんだけど、見つけられなくて……なんだか不安になっちゃって……」


「あ、そう……そうなの……結局そこね……」リリアは心配になった。リュドミラは全てのコンディションが男次第の女だった。


「でも、リュドミラちゃん、まだ挽回できるよぉ! 次はアピールタイムでしょ。リュドミラちゃん得意の踊りじゃない?」


「うん、ありがと。リーリちゃんは何するんだっけ?」


「私はフライングスネーク谷間キャッチだよ」


「え?」


「フライングスネーク谷間キャッチ」


「……なにそれ?」笑顔だったリュドミラの顔が曇った。


「ヘビを上に投げて、おっぱいの間でキャッチするの。ジルさんに特訓してもらったんだよぉ、大変だったんだからねーフフフ」リリアはリュドミラの変化に気づかなかった。


「……それでディグ君がヘビを捕まえてたんだ……アハハ。何に使うのかなぁ、なんて思ってたけど……そっかぁ……ヘビを谷間でキャッチするんだぁ……」


 リュドミラの顔はひきつっていた。


──でたよでたよ! ジルおばさんのゲテモノ趣味。見せ物小屋的発想は今どきウケないって言ってるのに! リーリちゃん、大丈夫かなぁ……


 実際、近年はほとんどの参加者がアピールタイムで披露するのは歌かダンスだった。たまに変わり種がいても、せいぜい手品や腹話術くらいなものだった。そこにフライングスネーク谷間キャッチはアバンギャルド過ぎる。


 しかし、リリアのやる気に満ちた目を見ると、リュドミラはこう言うしかなかった。


「頑張ってね……」


「ありがとう、リュドミラちゃん。私、最高のパフォーマンスをするね! あ、そうだった。 実は私、まだ本物のヘビで試したことないんだぁ。ちょっとジルさんのとこに行ってヘビをもらってくるね」リリアはスキップしながら舞台袖へ向かった。


──よーし、頑張るぞぉ! ウォーキングの失敗を取り返さなきゃね!! 大丈夫、ジルさんがあんなに褒めてくれたんだから!!


 リリアはジルに全幅の信頼を寄せていた。それはもはや洗脳といってもいいレベルだった。もはやリリアはジルの言うことに、何の疑問も持たないのであった。


 そのころバックヤードにいる参加者たちの間ではある問題が表面化しつつあった。


「ねえ、ベヴァリちゃんたち見た?」「見てないけど」「そういえば最初の組、三人ともいないね」「多分、ファンにサインでもしに行ってるんじゃない?」「えー、それズルだよー、最終審査までお客さんと接触禁止なのに」「まさかー、それはないと思うなぁ。多分、トイレだよ」「私、今行ってきたところだけどいなかったよ」「どこ行ったんだろ……」


 そこへ、ベヴァリが戻ってきた。


「あ! ベヴァリちゃん! どこに行ってたっすか?」エントリーナンバー7のエルピディアが訊いた。


「ステージ裏で発声練習してたの」ベヴァリの声の調子は不自然なほどに抑揚がなかった。


「他の2人は、一緒じゃなかったっすか?」エルピディアは質問を続けた。エントリーナンバー2と3の出演者の姿が見えないからだ。


「わからない」ベヴァリの言葉は無機質な印象を与えた。


 そこへ、リュドミラがやってきてベヴァリの顔を見るなり言った。


「ベヴァリちゃん、目が充血してるじゃない! 大丈夫なの!?」リュドミラはベヴァリの肩に手を置いて心配した。


 ドン!


 低く激しい音が鳴り響いた。リュドミラがベヴァリに突き飛ばされて壁に激突したのだ。


「……さあね」ベヴァリは不気味に笑った。


 




 


 


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