第62話 迫り来る危機に勇者は……①
リリアの後は、リュドミラだった。地元選出のクイーン候補の人気は絶大で、最も大きな歓声が上がった。
リュドミラは足が長く、深いスリットの入ったセクシーなドレスがよく似合っていた。
「みなさん、今日はこんなに多くの方に集まってもらえて本当にうれしいです! 私はリュドミラ・クレイバーグ。生まれも育ちもここキャスタロックです!」
リュドミラがスピーチの途中で間を開けると、すかさず割れんばかりの拍手が沸き起こる。リリアはステージの上から羨望の眼差しを向けた。
「スリーサイズは90、58、92。チャームポイントは……」そこで、リュドミラはまた一呼吸置いた。
リリアは思った。
──リュドミラちゃんならぜーんぶがチャームポイントだよねぇ。チャームポイントしかないもん! っていうかどこよ? あえて選ぶならどこよ!? ディグ、あんたならどこよ!?
ディグは会場の一番後ろの隅っこで、ステージの上に立つリュドミラを見ていた。
──姉さん、姉さんのチャームポイントはやっぱり……おっぱいかな? 足もセクシーなんだが……
恋愛初心者のディグはどうしても即物的だった。まともに恋愛をしようと思うならせめて<優しさ>くらいのワードは思いつくくらいの男になる必要はあるのだが。
リュドミラは拍手が鳴り終わったタイミングを見計らって続けた。
「私のチャームポイントは……一途なところでーす! 今日はフィアンセが応援に来てくれてるんです! ディグく〜ん! 私、頑張るからねー!!」
リュドミラはディグに向かって手を振った。
ディグに一万人の視線が一気に向けられる。
「え? 俺? あ、ああ……」ディグは棒立ちになってしまった。
さっきまで盛り上がっていた会場の雰囲気が急に張り詰め、殺気立つ。ディグは男性ファンたちの敵となったのだ。あちこちから「あの野郎、殺してやる」と物騒な囁き声が聞こえてくる。
「リュドミラ、よく言ったよ! それでこそクレイバーグ家の女だ!! さあ、もっと言っておやり!!」静まりかえった会場でジルだけが快哉を叫んでいた。
「愛してるからねぇ〜、ディグくん!」リュドミラは叫んだ。
「……あ、ああ。俺も……」やっとのことでそう言うと、ディグはくるりと背中を向けて逃げていった。
「彼、恥ずかしがり屋なんですぅ! とぉっても!」
リュドミラ本人も損しかしない発言だった。人気商売は恋人の存在をほのめかすだけでもNGなのに、事実上の婚約発表をしてしまった。これで圧倒的優位と見られていた観客投票は大きく票を落とすだろう。
しかし、リュドミラはそんなこと全く気にしない様子で、スピーチを終え、リリアの隣に立った。リリアは笑顔で迎えたが、内心は──
──やっぱりリュドミラちゃんは残念な子ね……当たり障りのないこと言っておけばいいのに。でも、そういうのができない子なんだよね。本当に残念な子……
と、自分が残念なのを棚に上げて、リュドミラの心配をしていた。
ディグはミスコン会場を背に走ってビーチの水際まで逃げてきた。オアシスの水場に座り込むと、勢いよく水を飲んだ。妙に喉が渇いていた。
──姉さん、ありゃないぜ〜。俺、殺されちまうよぉ。なぶり殺しだぁ……
その横を一匹の犬がフラフラしながら、ミスコン会場の方へ向かって歩いていった。
ステージではウォーキング審査が行われていた。
誰も犬の存在に気づかない。犬は人混みをかいくぐってステージの前までくると、警備の人間の目をすり抜けてバックヤードに入っていった。
そこではリュドミラがリリアにウォーキングの指導をしていた。
「リーリちゃん、前に出した脚はしっかり膝を伸ばすの!
「こんな感じ?」
「そう! でも歩幅がちょっと広すぎる。もうちょっと手前でいいから」
「えー! だいぶ狭めてるつもりなんだけど……」
その様子をじっと犬は見ている。牙を剥き出しにして、今にも飛びかかりそうな敵意を見せながら。
しかし、夢中になっている2人が気づく様子はない。犬はフラフラと近づいていった。その瞬間──
「続いてはエントリーナンバー13、14、15。さあ、ウォーキングのラストを飾る組だぜぇ、チェケラッ!」
MCからコールされてリリアとリュドミラともう1人がステージへ出ていった。ウォーキング審査は三人一組で行われる。
バックヤードは犬だけになった。しかし、すぐに審査を終えた最初の組の三人が戻ってきた。犬の姿を最初に見つけたのはエントリーナンバー1番のベヴァリだ。
「うわー! ワンちゃんだぁ!! かっわいー」ベヴァリは犬を抱き上げた。
「ねえねえ、みんなー、すっごいモフモフだよぉ、一緒にさわ……」
刹那の瞬間──犬の口からピュロキックスが飛び出し、ベヴァリの口の中へ飛び込んだ!
「うぐ……あぐ……」ベヴァリの身体が震える。
「ベヴァリちゃん! どうしたの!?」「大丈夫!?」異変に気づいたエントリーナンバー2番と3番の女が声をかけた。
ベヴァリの震えが止まった。
「べヴァリ……ちゃん?」
ベヴァリはゆっくりと2人の方に振り返った。
「!」
その表情は悪魔のような邪悪さで瞳からは血の涙を流していた。
「ギャアアア!」2人は悲鳴を上げたが、会場の歓声にかき消され、誰にも届かなかった。
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