第60話 開会式に臨んだ勇者は……①

 エントリーナンバー順に名前が呼ばれ、参加者たちはバックヤードからステージへと出ていく。


 ダイナミックに響きわたるドラムに力強いバイオリンの音。バンドオーケストラが興奮を煽る。観客から大歓声があがった。


 それもそのはず、世界中から選りすぐられたとびきりの美人たちが華やかでセクシーなドレスで着飾っているのだ。


 リリアはそれまで緊張のあまり周りを見る余裕がなかったのだが、よく見てみると人種、肌の色は様々、正統派の美人もいれば個性的な魅力を全面に押し出している参加者もいる。とにかく、恐ろしくレベルが高いことだけはリリアにも分かった。


──っていうかなんで私、この人たちと同じ舞台に立ってるの!? 


 再び、不安が押し寄せる。リリアはリュドミラの方を振り返った。


「ねえ、リュドミラちゃん! 今さらなんだけど、こういうのって普通予選とか、選考会とかあるんじゃないの?」


「あるよ。実際、オアシスクイーンコンテストも15人のうち10人は各地の予選で勝ち上がってきた人。ってか私もそうなんだけど。で、残りの5人は推薦枠」


「え? それじゃ私って……」


「推薦枠だよ。ちょうど1人欠員が出てから、そこにジルおばさんがねじ込んだの、アハハ。初代クイーンだから発言権あるんだぁ」


「ああ……そうだったのね……」リリアは唖然としたが、そうこうしているうちに名前が呼ばれた。


「続いては初代オアシスクイーン、ジル・クレイバーグさんの秘蔵っ子。ガレリアからやってきたセクシーエンジェル!! はにかむ笑顔がキュートに炸裂!永遠のきらめきタイフーン、リーリ・パンテロッチェ!!」MCのうっとりするような美声で、ジルが適当に書いたリリアの紹介文が読み上げられた。


 ちなみに<パンテロッチェ>というのは偽名で、ガレリアにいる親友・イザベラから拝借したものだ。リリアの本名はリリア・フィナレスだ。


 クレイバーグ生花店で働く時にジルに「あんた、<パンテロッチェ>って感じじゃないけどねえ」と言われたがリリアは意味が分からなかった。


 <パンテロッチェ>という苗字は吟遊詩人にルーツを持つ人に多い。そして、吟遊詩人はイザベラのように色気が爆発しているような人種だから、リリアのイメージとはほど遠いのだ。そういうことを全く知りもせず、リリアは<パンテロッチェ>を名乗っていた。


 リリアはステージへと足を踏み出すと、必死で笑おうと頑張ったが、顔の筋肉が痙攣を起こしたようにしか見えなかった。<はにかむ笑顔がキュートに炸裂>どころではなかった。街中でこんな顔をした人を見つけたら10人中8人は病院に連れて行くだろう。


 リリアは事前にジルに言われたとおり、大観衆に向かって大きく手を振った。その姿は地獄から這い出ようとしてもがいている罪人を思い起こさせた。


「今日は、ジルさんが初代オアシスクイーンになった時のドレスを身に纏っての登場だぜ! チェケラ!!」MCがビートにのせて繰り出した。


 会場がざわざわする。


「あれが、伝説の衣装ね!!」「キモノだっけ?」「すごく素敵!!」あちこちから驚きと称賛の声がした。ジルのエキゾチックなキモノドレスは語り草になっていたのだ。会場のボルテージは上がり、リリアは一気に注目の的になった。


「あの子、スタイルいいね」「ちゃんと着こなせてるわ」「衣装負けしてないね」聞こえてくる声はリリアに好印象のものばかりだった。さらに──


「あの歩き方って東洋スタイルっていうの?」「すごく独特な動きで面白いわ」「なかなかできるもんじゃないわ、かなりの鍛錬を積んでるはずよ」と大絶賛。リリアはただ、極度の緊張で変な動きになっているだけなのに──


 なぜならば近年、オアシスクイーンコンテストは高評価を受ける女性のスタイルが画一化されていて、歩き方から喋り方までマニュアルのようなものさえあった。出場者はこぞってそれをなぞるため、一部からはマンネリを指摘する声もあったのだ。エンターテイメントの本場、キャスタロックに集まる観客は変化を求める時期に来ていた。


「リーリ! 最高だぜぇー!! お前がナンバーワンだぁああ!!」ブルニュスが叫び、応援団が横断幕を掲げた。


 それは確かにリリアに届いた。


──ブルニュス、みんな、ありがとう! なんかホッとするわぁ。


 リリアはようやく自分の足で立てている気がした。応援団に手を振る動きも大分まともになっていた。


「では、リーリに自己紹介をしてもらっちゃおう! アー・ユー・レディ? リーリ」


 MCが言うとリリアは頷いた。


「オーケー! ショータイム!!」MCはリリアを指差した。


「リーリ、頑張るんだよ」ジルは舞台袖で心配そうに見つめていた。


「リーリちゃん、落ち着いて」リュドミラはバックヤードでリリアのために祈っていた。


 当の本人はというと、意外にも自信まんまんだった。


 実はリリアは人前で話すことには慣れていた。なぜならば勇者として出陣式など式典に出席した際に必ず求められることだったから。


──演説には昔から自信あるんだから! 王様にも褒められたことあるもん!!


 リリアはゆっくりと立ち止まると、大観衆に向かって語りかけた。


「今日はこんなに大勢の皆様にお集まりいただき、ありがとうございます。リーリ・パンテロッチェと申します。今日という日を迎えられて、私は本当に幸せ者です。ふつつかものの私ですが、どうか温かく見守っていただければ幸いです。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます」


 リリアはスラスラと淀みなく言い切った。勇者としての演説フォーマットをそのまま流用したものだった。


──どうよ! 


 観衆はシーンとしていた。


──……あれ?


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