第58話 コンテスト前、焦った勇者は……

「うわ! ひどッ!」


 リリアは起きて鏡を見るなり叫んだ。


 昨夜、ヒステリックに泣いてしまったツケが顔に出ていた。泣き腫らした目がはれぼったい。顔面的に最悪のコンディションだ。


「これヤバくない? ……今日、ミスコンなんですけど」


 必死で化粧でごまかしていると、窓の外がガヤガヤ賑わってきた。リリアは気になったが、それどころではなかった。


──うわあああ! これ、かなりキてるわぁ! 魔物じゃん! こういう顔したヤツいるよ、見たことあるもん!!


 化粧はどんどん濃くなるが、もはや手に負えない状況だった。


「おーい! リーリ!」ブルニュスの声がした。 


「うっさいなぁ!」リリアは渋々立ち上がり、窓際まで行った。


「なんなの!? ブルニュ……」リリアは言葉を失った。


 眼下には大勢の住民たちが集まっていた。そして、<気合いだ!リーリ!!>とか<食べごろの果実、もぎたて清純派リーリ>だとか<キャスタロックの愛人・リーリ>、<リーリは百年に一人のセックスシンボル>など、横断幕がいくつも掲げられていた。


──ちょっと横断幕の文言、もうちょっと考えない?


 リリアは反射的にそう思ったが、当然、口にはできない。


「街のみんなで応援するぜ! 大応援団だ!!」ブルニュスが叫ぶとそれを合図に「頑張れーリーリ!!」と大応援団が大合唱。そのまま「リーリ、リーリ、リーリ」のコールが沸き起こった。


 リリアの知らない顔もたくさんある。知っていても話したことがない人もいる。ブルニュスは一体どうやってこの人数を掻き集めてきたのだろうか。


「アハハ……みなさん、ありがとうございますぅ……がんばりますぅ」そう言うのが精一杯だった。


 約束の時間ギリギリまでメイクで無駄な抵抗をしたリリアは、昼前にクレイバーグ生花店に顔を出した。店にはすでにリュドミラが来ていた。その隣にはディグの姿があった。


 リリアはディグに目配せした。昨夜の話の延長で「しっかりやりなさいよ」とメッセージを込めたつもりだったが……


「ひぃッ……」ディグはギョッとして、見てはいけないものを見てしまったかのように目を逸らした。


「どうしたの? ディグ……」不思議がるリリアの元にリュドミラが飛んできた。


「リーリちゃん! それ、どうしたの!?」リリアの顔を真っ直ぐに覗き込んだ。


「やっぱりダメ? 起きたら顔がこんなになっちゃってて……」


「メイク全部落とすよ! それじゃお化けだよぉ!!」リュドミラは叫んだ。


 リリアの顔はメイクを何重にもしたせいで、子供の描いた似顔絵のようになっていた。


「ごめんなさい! 私、頑張ったんだけど……」リリアは泣きそうになった。


「リーリちゃん、泣いちゃだめ! 泣くともっとヒドくなるよ!!」


 リュドミラはその後、二時間かけてリリアのメイクをやり直した。リュドミラはステージダンサーとして活躍しているが、メイクは自分でやっているからプロ級の腕前だった。


 その間、ディグはジルの手伝いに駆り出された。リリアのアピールタイムで使うヘビがまだ調達できていなかったのだ。


 ディグは店の裏の茂みに入ると、いとも簡単にヘビを捕まえた。アサシンとして育てられたディグには朝飯前だった。すぐに予備も含めて10匹になった。


 ジルは上機嫌だった。


「ディグは頼りになるよー! 線は細いけど、男らしいね! 私は気に入ったよ!!」


「ありがとうございます!」ディグは直立不動で答えた。


「かわいいヤツだねぇ、このこのー」ジルはディグのおでこを指でつついた。


 ディグはジルに妙に気に入られたようだった。


「もう明日にでも、リュドミラと結婚しな。な、あんたも満更でもないんだろぉ? クレイバーグ家は大歓迎さ!! 披露宴はどこにしようかねぇ。あ、オアシスに新しくできたレストランなんか、オシャレじゃないか? そうだ。そこがいい! 私、あとで行ってオーナーと話をつけてくるよ」


 ジルはとにかく気が早い。リュドミラも同じ人種だが、ジルはさらに上を行く。


「ええぇ……」ディグは直立不動のままだった。


 結局、リュドミラに止められてジルも“披露宴の予約”を思いとどまった。


「ジルおばさん、まだ早いから〜。それに会場は自分たちで決めたいの」


「そうかい、それもそうだね。ウェディングドレスはどうする?」


「ジルおばさんが結婚する時に着たやつがいいなぁ」


「ダメだよ! あれは不吉な衣装さ。あんなロクデナシとの結婚式に来たやつなんかダメだ。私が知り合いの仕立て屋に注文してやるよ。明日にでも採寸に行きな」


「うん、ありがとう! そうするね!!」


 ディグが固まっているうちに、勝手にリュドミラとディグは結婚することが決定していた。



 そんなこんながあって、陽が傾きかける頃にはなんとか態勢が整った。“フライングスネーク谷間キャッチ”の練習のためにとってあった時間が使われたのだ。


 コンテスト本番が始まるまで一時間を切っていた。あとはドレスの着付けで時間ギリギリだ。


 結局、リリアは本物のヘビを使った演目をぶっつけ本番でやることになってしまった。





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