第57話 大事な話をしに勇者は……②

「本気……なんだよね?」リリアは口元に笑みはたたえているが、目は座っている。ほとんど脅迫に近かった。


「そりゃ……まあ、遊びってわけじゃねえけど」ディグはうつむいた。まともにリリアの顔を見ることができないのだ。


「遊びじゃない!? ディグ、あんたナメてんの? リュドミラは真剣なんだよ!?」


「わかってる! わかってるって!! 俺だってどうすりゃいいか分かんねえんだよ。そりゃ俺だって姉さんを幸せにしてえと思う。あの人は本当に心のきれいな人だ。でも、俺にできると思うか? 俺、アサシンだぞ」


「あんた何平然とダブルスタンダードかましてんの? さっき、<もう俺はアサシンじゃねえ。アサシンは卒業したんだ>的なこと言ったばかりでしょ。信じらんないわ! 都合のいい時だけアサシンとか言うな!!」


「……そうだったな。でもよ……」


「<でも>じゃない!! やるの! やるのよ!! あんた、アサシンから足を洗えたんでしょ? そんな人、なかなかいなくない?」


「まあ、そうだな。っていうか、俺は他に知らねえ」


「ってことはあんただけってことでしょ」


「……まあそういうことになるかなぁ……」


「ディグは変わることができる人間なんだよ。テディさんはそれを見抜いたから私を守るように言ったんだよ」


「……」


「もう私を守るって任務は終わり。たった今から守るのは、リュドミラちゃんよ。いい? 分かった!?」


「それはダメだ。テオドアさんには……」


「私が決めたの! 私の決定は、テディさんの決定!! だってテディさんだって同じことを言うに決まってるから」


「……そんなもんかな……俺には分からねえ」


「私、思うんだ。多分、私を守るなんてテディさんは大して重要視してないのよ。ディグに命じたのは、私のためじゃない。ディグ自身のため。アサシンじゃない人生を始めるきっかけとして私を守るように言ったんだよ。だから、他に守るべき人を見つけたら、それでいいの。その人を本気で守りなさい」


「リリア……」


「……って偉そうなこと言ってるけど、実際に私助けられちゃったしね……説得力ないけどさ、アハハ。でも、もう大丈夫! 私、お酒飲まないから!! お酒飲まない私は大丈夫。誰にも負けないからね、アハハ」


「たしかにリリアに敵うヤツはこの世にいねえよ。氷や稲妻の勇者だってサシでやったら負けるってもっぱらの評判だ。アンタ霊長類最強だよ」


「なんかその言い方、すごくイヤなんですけど」


「でもよ、その割に危なっかしいというか、テオドアさんが心配するのも頷けるぜ、アハハ」


「うるさい! うるさい!!」


「世界七不思議の一つだぜ、アッハッハ」


「フン! 私のことはどうでもいいから、とにかくリュドミラちゃんのことを一番に考えるの。リュドミラちゃんを傷つけたら、霊長類最強の女が本気出すからね〜」悪魔のような眼光でリリアは言った。


「……一つ聞いていいか?」


「いいよー」


「……アサシンだったってこと、姉さんに言った方がいいかな?」


「アンタはどう思うの? ディグ」


「分かんねえから聞いてるんだ」


「フフ、どっちでもいいと思うよぉ」


「どっちでもいいとか、あるか!」


「アンタが言いたいなら言いなさい。リュドミラちゃんが関心あるのは今のディグだけ。昔のディグがどうだろうと、あの子は気にしないと思う。過去のことにこだわってグジグジするのは、だいたい男の方なの」


「……そうか。でもさ、リリアはけっこう過去のことでグジグジしてねえか? 女なのに」


「あ、あんたねえ……」リリアは怒りで震えた。図星だったからだ。初恋の相手クライファーをロクサーヌに奪われたことも、リトヴィエノフに妻がいたことも、いまだに心の中でわだかまっていた。


「あ、いや……その……」ディグはリリアの逆鱗に触れたことを察して、おろおろしていた。


「私がいい感じで、あんたの応援演説を締めようとしてんのに。細かいところにツッコミ入れるなっての! 私だって……」リリアは急に涙目になった。


「すまん、すまん、リリア。ウソだって! 冗談だって!」


「こうやってガレリアから遠く離れた新天地にまでノコノコやってきて、勇者だってこと隠して、呪われた人生をどうにかしようって必死でやってるのにぃ……、う、うえーん」リリアは泣き始めた。


「呪われた人生って……そんなことはねえだろ?」


「ある! 非常にある!! じゃあなんで私には彼氏がいないのぉ! あー、リュドミラちゃんが羨ましい! あんた良く見ると意外とカッコいいのよ!!」


「はあ?」


「いいなぁ、リュドミラちゃん、好きな人と両思いでぇ……両思い……両思いってイイ響きだなぁ、私も思い思われたいよぉ、ううううう、うえーん……」


「……そのうちリリアだって……」


「どこにそんな保障があるの! エビデンスを見せてエビデンスを!!」


「そ、そんな……」


「わーん……」


 リリアはディグの恋を後押ししてやろうと、ここにやってきたのだが、最終的にディグに慰められる展開になってしまった。


 そして、翌日はオアシスクイーンコンテストだった。

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