第7話 勇者は恋敵に言ってやりたい!
目抜き通りはいつもより賑やかで、どこか浮き足立った雰囲気だった。式典の後、パレードが行われるのだ。
世界最大規模と評される平和記念式典のパレードの目玉は、巨大な山車を上で行われるピルロマルク決戦を題材にした芝居だ。“暗黒の十年”を終結させた勇者たちの勇敢な戦いが描かれるのだ。
毎年、大掛かりな舞台装置が用意される。そして、演じるのは天下に名声が轟くガレリア王立歌劇団だ。一目見たいと、見物客が外国から大勢やってくる。きっと今日もガレリア中の宿が満室になっているに違いない。
しかし、リリアから言わせれば、それは茶番だ。実際の戦闘は芝居のように格好のいいものではない。
もがき、苦しみ、泥や血にまみれ、自分が何者であるのかさえ忘れそうになるほどの地獄。それが、魔物たちとの戦いだ。
宮殿の門をくぐると、リリアが予想した通りの展開が待っていた。
三千を超えるガレリア騎士団が整列して、リリアを迎える。そして、その先にはクライファーとロクサーヌが寄り添って立っていた。
「久しぶりだねー、リリア。元気してた?」
鎧ではなく派手な薄紫のドレスを纏ったロクサーヌがリリアに手を振ってくる。相変わらず厚化粧だ。
――すっぴんは大したことないくせに! でも、化粧映えはするんだよなあ……
いきなり、ロクサーヌへの怒りが MAX状態となったリリアだったが、頑張って抑揚なく答える。
「おかげさまでね」
予想どおり、ロクサーヌはドレスを着てきた。対抗しようと、一年前から計画していたのにこのザマだ。改めてドレスを燃やしてしまったことを悔やんだ。
「リリアは少しも変わらないなぁ」
ハイタッチを求めてきたクライファーに応えて手をパチンと合わせる。
「変わりようがないだけよ」
リリアは、努めてそっけなく言い放った。
「ふあ〜あ。しかし眠いなあ。久しぶりにこんなに朝早く起きたもんだからさ」
共に戦っていたころの精悍は顔つきはどこへやら。すっかり平和ボケしたクライファーがそこに立っていた。
しかし、その穏やかさは田舎育ちのクライファーが元々持っていたものであることをリリアは知っていた。そして、あくびを噛み殺すクライファーの顔を見ながら、計らずも好ましく思ってしまった。
――まずいまずい。クールにしなきゃ……
感情というものは不思議なもので、突然タイムスリップして過去を連れてくる。
「リリアは、彼氏、できたの? ウフフ」
ロクサーヌがすかさず口撃を加えてきた。相変わらずおっとりとした話し方だが、悪意は十分だ。リリアの感情の揺らぎを察知したのかもしれない。
「どう思う? ロクサーヌ」
「ウフフ、その様子じゃ、相変わらずシングルってところかしら」
「その様子ってどういうこと?」
「鎧なんて、着ないでいいのよ。もう世界は平和なの。女は男のために可愛い衣装で着飾るものよ。ね、クライファー」
ロクサーヌがわざとらしく作った笑顔でクライファーを見つめ目配せした。残念ながら、ロクサーヌのこういう女狐のような振る舞いにクライファーは落ちたのだ。なんと単純な男であることか……
「ああ、そうだなあ。今日もきれいだよ、ロクサーヌ。リリアも来年はドレスを着るといい。きっと似合うよ」
女同士の水面下の戦いに露ほども気づかず、クライファーが能天気に言った。
「私、彼氏、できたよ」
リリアは昨日からずっと練習してきた言葉を口にした。言い終わったあと、口角を上げ、にこやかな余韻を残すことも忘れなかった。
――あら、結構完璧じゃない? 私。
罪悪感がリリアの胸をチクチクとつついてくる。リトヴィエノフとはデートをしたが、恋人関係ではない。
――ごめん! リトヴィエノフさん。
リリアは頭に浮かんだリトヴィエノフの顔を打ち消し、口角を上げたまま、“幸せを感じている女の顔”を何とか保った。
「へー、おめでとう、リリア」
「あら? どんな方かしら? リリアが好きになる男性なんて、興味あるわぁ、ウフフ」
ロクサーヌは、口調からどうせハッタリだと決めてかかっているのが分かる。想定どおりだ。
「とっても素敵な人よ。彼は私が着飾らなくても、化粧をしなくても、そのままの私を見つめてくれるの。なんとも言えない、たまらなく愛おしい目で。だから私、彼の前では心も裸でいられるわ」
リリアの言葉はそれなりに説得力のある言葉となって響いた。それもそのはず、リトヴィエノフとのデートでリリアが感じたことをそのまま言ったのだから。そして、それはロクサーヌへの皮肉というスパイスをきかせた精一杯の抵抗でもあった。
「国王のおな〜り〜」
宮殿内に高らかな声が響く。三人の勇者は、扉の方に向き直ってひざまずいた。リリアがロクサーヌの顔をチラと見ると、唇を真一文字に結んでいた。
リリアの意図は十分すぎるほど伝わったらしい。
――よっしゃあ!
年老いた国王がゆっくりと歩を進めてくる間、リリアは心の中でガッツポーズを何度も繰り返していた。
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