第8話 勇者は嘘をつきたかったわけじゃない……
式典が終わると、パレードが始まった。宮殿から目抜き通りの先にあるプレジネア大聖堂まで一時間かけて練り歩く。
先頭は旗持ちを務めるガレリア騎士団の団長だ。それから国王を乗せた巨大な山車を何頭もの馬が引き、ガレリア交響楽団の演奏と続く。
リリアたち三人の勇者も参加する。ちょうどパレードの真ん中あたり、ピルロマルクの決戦を再現した芝居の荘厳な山車の前、きらびやかな衣装を身につけた踊り子たちに囲まれて歩くのだ。
今年で三回目だが、リリアは自分が晒し者になっているようで、どうしても好きになれない。
自分の顔の痣を見て、ある者は憐れみ、ある者は嘲る。被害妄想なのかもしれないが、目抜き通りを埋め尽くす群衆に目をやると、リリアはそうした姿を見たような気になってしまうのだ。
しかし、今年はいくぶん気持ちが楽になっている。そして、リリアにはその理由がはっきりと分かる。
リトヴィエノフがあるがままの自分を見てくれたから。たった一人でもそんな人いてくれるなら、自分は強い自分でいられる。
一度デートしただけの男にこんな気持ちを抱くなど、自分はどうかしてしまったのかもしれないとリリアは思った。しかし、同時にそれは無情の喜びでもあった。
パレードは中央市場に差し掛かった。数日前のデートに思いを馳せる。
あの路地の先を歩き、食堂街のお店で食事をして、それから時計台に行き、二人で夕日を見たあの日。楽しくて、嬉しくて、夢のようで……
――会いたい。今、この瞬間に。一目だけでも。
そんな殊勝な思いを胸に、何の気なしにリトヴィエノフの姿を人混みの中に探した。
――いるわけ、ないよね。アハハ……は?
次の瞬間、リリアは自分の目を疑った。市場の門前に立っているリトヴィエノフと目が合ったのだ。目をパチクリさせても、リトヴィエノフはリトヴィエノフだ。幻ではない。
――はぁ? なんで? なんでなのーーーー!
先ほどまでの会いたいという気持ちはどこへやら。リリアは完全に我を見失い、焦っていた。
――わ、私ってバレたかな? いや、デートした時は髪をアップにしていたし、鎧じゃなくてワンピースだったし、今と全然雰囲気違うはず……バレてないバレてない。バレませんように!
リリアはリトヴィエノフに世界を救った勇者であることを話していなかった。イザベラによると、リトヴィエノフの住む村は閉鎖的で、そうした情報には疎いらしい。
一人の女の子として扱ってくれるリトヴィエノフの振る舞いが嬉しくて、知らないでいてくれるならと、黙っていたのだ。
いや、黙っていたというレベルでもなかった。完全に嘘をついていた。
「ルィルィアさんは、どんなお仕事してるんだべか?」
「お花屋さんで働いています」
調子にのってそんな会話までしていた。
どうしてそんな嘘をついたのか、自分でも分からない。いずれバレるに決まっている。そして今、リリアと目が合ったままのリトヴィエノフからは、驚きの表情が見て取れる。
――バレた……
ガックリと分かりやすくうなだれたリリアにクライファーが声をかけた。
「リリア、大丈夫か? 体調悪いんじゃないのか?」
「ありがとう、クライファー。でも、大丈夫だから」
「あら、クライファー。ここに妊婦がいるのをお忘れになって?」
いつも通り、リリアとクライファーを二人で会話をさせまいとロクサーヌが割って入る。
「ハハ、忘れるはずがないじゃないか、ロクサーヌ」
クライファーはそう言って、まだ目立たないお腹をさすった。ロクサーヌはいかにも“幸せを感じている女”の顔をした。
「リリア、私たち。子供ができたのよ、ウフフ」
「あ、そうなんだ」
このタイミングでロクサーヌの妊娠という衝撃的な事実の発覚……しかし、リリアの心は微塵も揺れなかった。
「おめでとう、ロクサーヌ。お母さんになるのね、素晴らしいわ」
能面のような顔で機械的にそう言い放つと、リリアは再び市場の門前に目を向けた。
しかし、そこにはもうリトヴィエノフの姿はなかった。
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