第5話 勇者は女の子扱いされたい

「そりゃ、気にはなるべ」リトヴィエノフはあっけらかんと言った。


 リリアは面食らった。こういう言葉が返ってくると思っていたが、こんなにもあっさり言われるとは。


 思考がぐるぐる回って自分の感情を探す。自分の感情が分からない。ショックを受けているのか、ホッとしたのか、それとも……


 とにかく何か答えなくてはならない。リトヴィエノフに何か言わなくてはならない。でも、言葉が出てこない。


「でもあなたは、とでも、綺麗だ」


「……は?」


「ルィルィアさん、すまねな。あなたがずっと、オラの右側さ歩いでいたのも、痣を見せたくないからだべ。本当にすまねな、そったらことさせて」


――気づかれてたんだ。


 リリアは自分のコンプレックスを隠そうと、ことさら意識したわけではない。ただ、クセになってしまったのだ。人と並んで歩く時、話す時、いつも痣が目立たなくなる角度を選んでしまう。


「オラの左っかわに来てみ」


「え、は、はい……」


「ほうれ、こっちさ来るべ」


 リトヴィエノフはリリアの両肩を掴んで、自分の右側にリリアの体を持ってきた。


「都会じゃどうか知らんけども、オラの村じゃ男は右で女は左って決まっとるんだべ」


「そ、そうなの?」


「んだ。それがマナーってやつだべ」


「知らなかった。ごめんなさい」


「んだば、歩いてみるべ。ホレ、一緒に」


 わざとらしくスローモーションのように、ゆっくりと大きく腕を振り、大股で一歩一歩、足を踏み出すリトヴィエノフ。リリアもそれに倣った。まるで何かの儀式が行われているようだ。


その滑稽な姿に通行人たちから視線が集中する。


「アッハッハ、やっぱりだべ!」


「はい?」


「あなたはオラの右っ側を歩こうと左っ側を歩こうと、ちっとも変わんね。とんでもなぐ綺麗な、娘さんだ。ウン、間違いねえべ」


 リトヴィエノフはそう言うと、ニコリと笑って角の店を指差した。


「あそこの店はどうだべか? オラが獲った魚、出してくれてんだ」


「は、はあ」


「こないだ始めて食ったども、とでも美味かった。ルィルィアさんにも、食べでもらいてなあと思っての」


 リリアは驚いていた。リトヴィエノフが発する言葉は、どういう訳か自分の心の奥にすっと入ってきて馴染むのだ。言葉の裏を勘ぐることもない。全てが素直に受け入れられた。


そして、リリアは嬉しかった。勇者となったその時から、自分をこんな風に女の子扱いしてくれる男と出会ったことはなかったから。


――私はいつだって女である前に勇者だったもの。


 しかし、世界はもう勇者を必要としていない。時代はリリアが女として生きることを許したのだ。


「リトヴィエノフさん、私、けっこう舌肥えてますけど大丈夫ですかあ?」


「だいじょぶだべ。……多分」


「フフ、ウチのおじさん、ガレリアで一番って言われてるパン屋さんなんですよ。料理もすっごく上手くて。私、毎日それを食べてるから、ハハ」


「ものは試しだべ。んだば、行ってみるべ」


「はい!」


 リトヴィエノフが指差した角のお店は赤レンガの小ぎれいな建物で、入り口にかわいくデフォルメされた魚の絵の看板が立っていた。


 雑多な店が立ち並ぶ中、どこか品を感じるその佇まいに、リリアはリトヴィエノフと相通じるものを感じた。

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