第4話 勇者は思い切って言ってみた

「ルィルィアさん、あなたは都会的な人だの」


 リリアは困惑して、リトヴィエノフの顔を見た。


 今、二人は市場に隣接した食堂街を並んで歩いている。二人ともお昼がまだだっため、食事をしようということになったのだ。


狭い道の両側に国際色豊かな店が並んでいる。ガレリアの郷土料理はもちろん、エルフの薬膳料理、ドワーフの土鍋料理、中には魔物を食材とするゲテモノ料理を食わせる店なんかもあったりする。


「そんげな格好しとる女の子は、オラの村じゃおらんですよ。ウン、1人もおらん」


「そ、そうですか、アハハ…」


声のトーンから褒めてくれているのだと、リリアは判断した。普段は、ほぼほぼ鎧しか着ないことは伏せておこう。そして、この花柄のワンピースが借り物だということも。


「私、花柄が好きなんです」


 それは本当のことだ。いっそ鎧も花柄にできたらいいのに、と真剣に考えているくらい。


「オシャレってやつだの。オラ、こんな田舎もん丸出しのボロ服でもうすわけねえべ」


 そんなことを言うリトヴィエノフは、淡い緑色のボタンシャツに麻のズボンといったシンプルな格好。


オシャレだとかセンスがいいとか、ずっと戦いの場に身を置いてきたリリアには分からないが、リトヴィエノフのきれいなブロンドの髪と相まって清潔感が感じられた。


 イザベラから聞いたところによると、リトヴィエノフは漁師をしているとのことなのだが、外見からは全くそうは見えない。


リリアのイメージでは漁師というのは荒々しくぶっきらぼうで豪快、つまりゴリゴリの男らしさを全面に打ち出した人種だ。


 もし職業あてクイズをしたならば、リリアは「牛飼い」と答えただろう。牛が鳴くのどかな広い草原の傍で、切り株の椅子に腰掛けて本を読んでいる……リトヴィエノフの持つ大らかな雰囲気、そして優しそうな瞳の奥に感じる繊細さは、リリアにそんな風景を思わせた。


「リトヴィエノフさんは、漁師さんなんですよね?」


「そうだども。船で沖まで出て、こんげなでっけえ網さ、つかっていっぱい魚とるんだべ。親父も漁師だがらの。生まれた時から、それ以外の仕事なんて、想像もつかねの。ウン、他にはな〜んもでぎねべな、ハハ」


「へえ。そうなんですね」


 リトヴィエノフの一生懸命な話しぶりが、リリアには心地よかった。思わず笑みがこぼれる。


「……やっぱり臭うべか?」


「え? 何がですか?」


 リトヴィエノフは、ボタンシャツの袖を鼻に近づけて匂いを嗅いだ。


「自分じゃわがんねけども、心配なんだべ。魚くさぐねえかって。いつもいっつも、魚まみれになって働いとるからの。そういう匂いは、女子は嫌がるべ。都会の女の子ならばなおさらだ。だがら……やっぱりオラと歩くのはイヤだべか?」


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! 臭くなんてない。全然臭くなんてないんです! 私、そんなことも一言も……」


「そうだべか。……ならいいんだ。ウン、ならいい。すまねな」


 そう言って俯く横顔を見てリリアは感じた。やっぱりこの人は優しい。


「オラの悪いクセだ。被害妄想ってヤツかの。オラ、ルィルィアさんに嫌われたぐねって思って、内心、すんげドっキドキしとったもんで、つい……」


 そして、正直だ。


 不思議な感情が湧き上がってきた。今まで口にしたこともない言葉が出そうになる。リリアは立ち止まった。往来の中で邪魔になることさえ気づかないまま。


リトヴィエノフが心配そうにリリアの顔を覗き込んだ。


 リリアの心の中は、静かな水面のようだった。まるでありとあらゆる感情を忘れたかのように。そして、口からこぼれるように、その言葉が出た。


「私の顔の痣、気にならないですか?」

 

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