第3話 勇者はデートに出かける

中央市場の門前には巨大な噴水がある。


エルフ、獣人、ドワーフ、そして人間。あらゆる種族が折り重なる重厚な彫像の頂点には天使が配置され、その指先から水が噴き出す。


およそ100年前に四族協和を合言葉に結ばれた大同盟の調印式がここで行われたことを記念して作られたのだそうだ。


今では待ち合わせによく使われるガレリアのシンボルとなっている。今日も恋人たちが笑顔で寄り添う姿が、あちらこちらで見られる。


そんな空間に溶け込んでいる自分がリリアには信じられなかった。


鮮やかなピンクと赤に彩られた花柄のワンピースを着て。自慢の黒髪はアップにしてリボンで束ね、白くきれいなうなじが覗いていた。


 鎧以外のものを着て街に出るのは久しぶりだ。だから、周りの者もリリアのことを勇者だとは気づいていないのだろう。


好奇の目にさらされる、いつものあの嫌な空気は感じられない。


 しかし、リラックスしているとは言い難い。なぜなら、この服は異様に露出度が高い。胸の部分はぱっかりと開いていて、激しく動くと乳房がこぼれそうだ。


それに、スカート部分は膝上のミニで、かなり際どいところまでスリットが入っている。


――さすが、イザベラの趣味だわ。でも、男の人ってこういうのが好きなんだろうから、我慢しなくちゃ。


 ということで、赤面しながらも世界を救った勇者は必死で耐えていた。


 ふと人混みの中にイザベラの姿を見つけた。イザベラもこちらに気づいたようで目配せしてきた。


次の瞬間、イザベラの隣にいる男を目が捉えた。間違いない。今日のデートのお相手はあの男だ。


ただでさえ赤くなっていた顔にさらに血が駆け巡る。何度もシミュレーションし、覚悟を決めたはずなのに、この期に及んでもやっぱりあのことが気になる。


――彼は私の顔の痣をどう思うだろうか?


少しでも気を抜くと走って逃げ去りそうになる自分がいた。腰をわずかに落として体の重心を下げ、つま先に力を入れる。


魔物を迎え撃つために何度も戦いの場でやってきたことだ。


――だいじょうぶ。


 深呼吸してそっと呟いた。魔王と戦った時ですら、一歩だって後ずさりしなかったのだ。


 よく考えてみると何が「だいじょうぶ」なのか分からないが、とにかくこれが自分のありのままの姿なのだ。受け入れてくれないのなら、仕方ない。


――でも、やっぱり怖い。


イザベラがリリアを指差して男にその存在を伝える。男はリリアの姿を認めると大きく頷いた。


 するとイザベラは笑顔で手を振り、人混みに消えた。


――ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ! イザベラ! 話が違うじゃない!


 昨晩のイザベラとの打ち合わせでは、最初は三人で行動し、話が弾み、仲良くなってきたら折を見てイザベラが途中退場する予定だった。


 リリアはイザベラ頼みだった自分に改めて気付かされたが、時すでに遅し。完全にノープランだ。何を話せばいいのか分からない。頭が真っ白になり、目を閉じた。


 男がリリアの前で立ち止まる。足音で感じたリリアは、目を閉じたまま下を向けていた顔を上げた。


男に痣ははっきりと見えたはずだ。リリアは顔を背けてしまいたいという気持ちに負けないよう、拳に力を込めた。


――お願いだから、憐れむような目だけはしないで


おそるおそる目を開けてみると、目の前に立つ男は優しい微笑みでリリアを見つめていた。


きりりと濃い眉毛に優しい瞳。最近の流行り顔ではないが、古風な美男子だ。子どものころ読んだ絵本に出てきた王子様を連想した。


リリアの心拍数は極限に上がった。心臓が口から飛び出そうとはこういうことなのかと、どうでもいい感想が頭を駆け巡った。


「こんにつわ。オラ、リトヴィエノフいいます」


「え?」


 リリアは一瞬、耳を疑った。王子様の言葉がそんなドギツイ訛りだなんて、ギャップがあり過ぎる。


「ルルアさんだべか?」


「る? るるあ? あ、私はリリアです」


「あ、ルィルィアさんね。すつれいすますた」


「り、り、あ、です」


「リルィア?」


「り、り、あ」


「ルィ、リ、ア?」


「あはは、呼びやすいように呼んでください、リトヴィエノフさん」


「すまねな、オラ訛っとるから。うまぐ発音でぎねで」


「そんなこと気にしませんよ、フフ。それにしても、今日は……とってもいいお天気ですね」


リトヴィエノフは空を見上げると、腕で額の汗をぬぐった。


「んだべな、ルィルィアさん。とんでもなぐ、いい天気だ。きっといいこと、あるべ」


 リリアは何だかおかしくなって笑った。さっきまでの緊張感はどこかに吹き飛んでいた。


今日は楽しい一日になる。


 そんな予感がしていた。していたのだが…


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