第2話 勇者はイイ男を紹介してもらいたい

目抜き通りから一本入った路地にある酒場は大衆店だから、貴族連中は立ち入らない。そして、安い金でどこまでも酔い潰れるまで飲むことができる反面、お行儀が悪い客も多い。


今も肩がぶつかったという下らない理由で、殴り合いの喧嘩が起きようとしていた。周囲に囃し立てられ、血走った目の男どうしが対峙する。


緊張感みなぎる空気の中、拍子抜けするようなカランカランという音が響いた。


総勢二十人ほどの粗野な男たちの目が入り口に向き、そして何事もなかったかのように大人しく席について静まり返った。


そこにはリリアが立っていた。彼女は一瞬のうちに事態を察した。勇者である自分の姿を認めると、多くのトラブルが解決するということを知っている。


 いつものカウンター席に着く間も、視線の矢が刺さる。日常的に経験しているが、決して慣れるものではない。小声で「三日月だよ」と囁く男たちにコンプレックスをえぐられる。


 こんな思いまでして、こんな場所に来るには理由があった。


「いらっしゃい。相変わらず浮いてるね〜」


 カウンターの中から親しげに話しかけてきたのは、イザベラだ。金髪に真っ赤な口紅をした肉感的な女。露出の高い服といい、一言で言えば男好きする女だ。


「ハハ、そうだねー」


 リリアはあっけらかんと答えたつもりだったが、逆に平坦すぎる響きが、変な余韻になってしまった。きっと、平気ではないことはイザベラに伝わっただろう。


「いいじゃんねー。どうせこんな店に来てるヤツなんて、まともな男いないんだからさ」


「自分の店を悪く言わないの」


「だってそうでしょ? 違うの? イイ男いた?」


「まあ、いないんだけどね……」


「で、ご注文は?」


「ファティーラの蒸留酒。ロックで」


 リリアがイザベラと知り合ったのは二年前。それほど長い付き合いではないが最初からウマが合った。


彼女ときたら、男に媚びたりしないし、モテようと頑張ったりもしない。しかし、ただ自分の思うままに振舞っているだけで男をメロメロにしてしまうナチュラルボーンのモテ女だ。


にも関わらず、本人は嫌味がない。きっと自分を過大評価もせず過小評価もせず、あるがままに見ているからだろう。


リリアにはその感覚が分かる。武人としての自分はイザベラと同じスタンスだからだ。しかし女としては……


「リリア、こないだの話なんだけどさ」


「こないだの話?」


「もう、忘れたの? リリアとお似合いなんじゃないかなって男の話」


「ああ、そう言えばそんな話してたっけ」


 リリアは努めて気にもとめていないフリをした。本当はイザベラからその話を聞いて一週間、寝ても覚めてもそのことだけを考え、妄想を胸いっぱいに膨らませて生活してきたのだから。今日もその話の進展を聞くために来たのだ。


 イザベラによると、その男は王都ガレリアから丸一日歩いたところにある港町セメラキントに住む漁師で月に二度ほど、王都の市場に顔を出すのだそうだ。イザベラは毎日、市場に仕入れをしに行くので何となく顔見知りになったらしい。


 スラリとした長身で一見、学者のように見えるスマートさ。それでいて腕や筋肉はたくましく男らしいのだそうだ。


 しかし、それだけの男だったらオススメなどしないとイザベラは言った。彼は不器用で人が良い。その田舎者らしい純朴さが真面目なリリアには合うのでは、とのことだった。


そして、リリア本人もそれに異論はなかった。


「実は今日も会ったんだあ」


「ふ〜ん」


「で、あんたのこと話したんだけど」


「えー! 何て? 何て言ったの?」


「店に来るきれいな黒髪の可愛い子がね、彼氏募集中なんだけどって」


「ちょっと待って! いつ私が募集した? そんなガツガツしてなくない?」


「落ち着け落ち着け。そのリアクションこそ、ガッツいてる女っぽいから」


「……」


「彼、あなたに会いたいって」


「えー! ちょっと待ってよ。いきなり。心の準備がああ!」


「嫌だったら断ればいいじゃない?」


「そ、そんな。こ、断るだなんて。その方にし、失礼じゃない」


「失礼じゃないよー別に。あなたはどうなの? リリア。会いたいの? 会いたくないの?」


「それは……会いたくなくはないような気もするような、しないような」


「どっちなのよ!はっきり言いなさい、ハッキリ!」


「っていうか会いたい。会いたいよ! でも、私のことどういう女だって伝えてるの?」


「だから言ったじゃない。きれいな黒髪の可愛い子」


「それだけ?」


「そう」


「勇者だとか、魔王を倒したとか、その辺のことは?」


「言ってない」


「顔に大きな痣があるとか、全身けっこう傷だらけだとか、その辺のことは?」


「言ってない」


「男と付き合ったことないとか、デートすらしたことないとか、その辺のことは?」


「言ってない」


「ちゃんと言っといてよー、イザベラ。実際に会って騙されたって思われたらどうするの!私のマイナス要素は全部先に言っておかないと」


「どこがマイナス? 今言ったことは確かに全部あなたに当てはまることかもしれないけど、何も卑下することじゃないわ。自分の口で堂々と彼に伝えなさいな」


「……で、いつ? 彼、いつがいいって?」


「明日」


「ええええええええ!」


「今日はガレリアに泊まって、明日帰る予定なんだって。明日は昼には仕事終わるって言ってた。リリアも明日はヒマでしょ?」


「ねえ!イザベラ!」


「ん?」


「服、貸して!鎧を着てデートなんて行けないもの!」


その夜、リリアはイザベラの家に泊まり、人生初デートに臨むための服を友人の洋服ダンスの中から選んだ。


しかし、彼女は忘れていた。イザベラの服はどれも露出が激しいということを。

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