勇者リリア♀は彼氏ができない!
アポロBB
王都ガレリア編
第1話 勇者はパン屋の二階に住んでいる
この世界が平和になって三年の月日が流れた。
三人の勇者がピルロマルクの岩山で魔王を倒し、“暗黒の十年”が終結してからは、人と魔物の戦いも、人と人との争いもなく、現在に至る。
今、三人の中で最強と言われた英雄がここで、ふかふかの枕に頬を埋めて静かに寝息を立てている。
腰のあたりまで伸びた長い黒髪は朝日に照らされて艶やかに輝き、シーツからこぼれた白い肌は、誇らしげに若さを主張しているよう。
彼女こそが火炎魔法を思いのままに操る上級魔法剣士、炎の勇者・リリアだ。
別名“三日月の勇者”、もしくは“三日月ちゃん”。
その由来は教えられずとも彼女の顔を見れば誰しも分かる。若い女性にとっては酷な話だ。
ピルロマルクの決戦の時、魔王が放った、というよりは魔王の口から垂れたヨダレをリリアは顔面に浴びてしまったのだ。
魔王というのは巨大なイボガエルが服を着たような姿で、その体液は強酸性だった。
それは彼女の眉間から頬にかけて肌を焼き、皮膚を溶かした。
そして、呪いの刻印として三日月型の痣となったのだ。
「ふああ〜」
そのリリアが今、目覚めた。身を起こして伸びをする。
ここは王都ガレリアの城下町にある、パン屋の二階の一室。
「リリア、朝ごはんできたぞ」
入ってきたのはパン屋の主人であるボルドーだ。
「ひぃいいいい!」
着替え中で全裸に近い状態だったリリアの甲高い悲鳴とともに、部屋中に炎が充満した。リリアの火炎魔法が発動したのだ。
「おじさん、ノックしてって言ってるよね!」
「わかった!わかったから火を鎮めてくれ! 店ごと燃えちまう!」
ボルドーはリリアの叔父で、戦士を思わせる筋骨隆々の体躯だが、その心は虫も殺せないほど優しく、パンを愛してやまない職人だ。妻のルルと二人で切り盛りしている。“暗黒の十年”でリリアの両親が死んだため、今では親代わりだ。
「リリア、また魔力が増してきてないか?」
焼け焦げた床を確認しながらボルドーが言った。幸い今回は大事に至っていないようだ。板を三枚張り替えれば済む程度だろう。
「ごめんなさい……またやっちゃった」
「昼から、神殿に行ってくるといい」
「面倒くさいけど……ものすごく面倒くさいんだけど。はーい……」
勇者は神殿に行って魔力を封印する決まりになっている。
軍隊一個師団をも凌ぐと言われる勇者の力は、あまりに強大で平和な時代には返って疎んじられるものだ。勇者の気まぐれで国が滅びかねない。
魔物が蠢く戦場ならいざ知らず、日常生活で桁違いの魔力をコントロールするのは難しい。封印によって一定以下に抑えることで、気兼ねなく生活を送れるというものだ。
やっかいなのは勇者のように体内に“魔力の泉”を持つものは、封印しても魔力の湧出自体は止められない、いやでも体内に溜まっていく。そのため、定期的に教会を訪れる必要があるのだ。
散髪に行くのが面倒だといって、髪を伸ばさないようにはできない。
髪は意思とは関係なく、伸びる。それと同じことだ。
いつもは月に一回の封印で済むのだが、今回はまだ二週間しか経っていない。体調や精神状態によっても湧出する魔力の量は変わるらしいのだが……。
「やっぱり、気が張ってるのかな」
リリアには心当たりがあった。それは来週、宮殿の大ホールで行われる記念式典だ。この国の主だった貴族のみならず、外国からも多くの有力者たちが集まる一大イベントだ。そこに彼女は勇者としての出席を義務付けられている。その立ち振る舞いは大勢の国民の耳目を集めるに違いない。
「あ!」
ところどころ焼け焦げた床でリリアが見つけたのは、真っ赤なドレスの切れ端。なけなしの貯金をはたいて買ったばかりのものだ。ほとんど焼けてしまっている。
「まだ一回も着てないのに!」
「仕方ないじゃないか。自分でやったことだ」
「そうだけど、そうなんだけど。式典に何着ていけばいいの? ドレスなんて1着しか持ってないのにー」
「勇者なんだから、鎧を着ればいいじゃないか」
「鎧なんて絶対イヤ! ウケ悪いもん」
「ウケって何だ? 一体誰のウケを気にしているんだ?」
「う、う、知らないけどー。……しかも何で鎧は無事なのー。どうせだったら、鎧が燃えればよかったのに。こんなのいらないもの。えーん、えーん」
「こらこら。ご近所に聞こえたらどうする。この鎧は国王陛下からお預かりしている三種の神器の一つ。そんなことを言ったら不敬罪に問われてしまうよ」
「わかってる。わかってますって。だから、そんな正論聞きたくないー」
「やっぱり鎧だけじゃなくて、持っている服には全部、炎耐性の魔法をかけてもらわないとダメだなあ。それに、この家自体にも……」
「そんなー、いくらかかると思ってんのー。そんなお金ないよー」
「リリア、神官様に頼んで安くできないかな? 世界を救った英雄の頼みだ。無下にできないだろう」
「絶対ムリ。あのじいさん、ドケチで有名だもの。神に仕える身のくせして貯金が趣味なんてどうかしてるよー」
勇者というものは名誉はあるが金はない。平時の今、仕事と言えば、国王や国賓の護衛や兵士の剣術指導くらいのもの。いずれも常勤ではないため、給料は安定しない。呼ばれた時だけ働く日雇い労働者だ。先月など5日しか仕事がなかった。
これでは生活するのがやっとで、新しい武具(ほとんど買う気もないようだが)もドレスもアクセサリーも化粧品も買えない。
勇者という名誉職についているが故に、他の仕事にも就けない。勇者はウエイトレスや市場の売り子や工場のパートタイマーであってはならないのだ。
というわけで、リリアには女を磨くために必要な金がなかった。王都を歩けば、きらびやかな衣装に身を包んだ貴族の娘ばかり。惨めな思いを抱えながらも、今、彼女は新たな目標に向かって立ち上がろうとしていた。
結婚して幸せになってやる!
その前に彼氏つくんなきゃ……
世界を救って三年。リリアは22歳になろうとしていた。
「ごめんね、おじさん。泣き叫んだら気が晴れたから。それに、今日もパン美味しかった〜」
朝の騒動はウソのように、リリアは笑顔で出かけていった。
鎧を纏い、剣を装備して。
その切り替えの早さこそが、彼女の最大の“武器”なのかもしれない。
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