第11話 やっと対面できる日が来たようだ。

あれから1週間以上過ぎてやっと検査期間が終わり、マナカさんとアサヒくんが対面する日が来た。

今日この日まで実は、僕は一度もマナカさんに会いに行っていなかった。

と言うか、行けなかった。


あの後色々悩みすぎて熱を出し、仕事を丸々1週間お休みしていたのもあった。

自分がちょっと情けない。

あんなにアサヒくんを子供っぽいとか思っておいて、考えすぎて知恵熱とかね。

自分で『僕も子供じゃん!!』って突っ込みましたよ、はい。


久しぶりに会ったマナカさんは少し痩せた気がした。

全体的にほっそりとしたようだ。

まぁ、無理もないかな……。

彼女も色々と思い悩むことが多いのだろう。


「先週はいけなくてすみませんでした。」


話すきっかけが謝罪って、まぁアレだけど……。

気まずくならない様に精一杯の笑顔を作る。


疲れが見える表情。

よく眠れていないのか、目の下にうっすらと影が見えた。


「体調崩してたんですってね。もう良くなりましたか?」


僕に微笑んでくれるが、やはりいつもと違う笑顔に見えた。


「……マナカさんも、大丈夫ですか?」


思わず心配になって顔を近づけると、ひどく驚かれてしまった。


「あ、ごめんなさい……。」


「いえ、私こそ驚いてごめんなさい……。」


マナカさんはそういうと、俯いてしまった。

綺麗な指がハラリと落ちた髪の毛を後ろにはらう仕草。

僕はそれを黙って眺めていた。



+++



『上からの命令だ……仕方ないだろ。』


『ですが、これを黙ってつがいにさせるなんて……。

彼女が後で知ったら傷つきませんか?』


『……それは我々の考えることじゃないんだよ……。』


『そんな!!』


思わず声を荒げて立ち上がったが、主任の表情を見て押し黙る。

多分僕より悔しそうに唇を噛んでいたから。


『……正直反対ですよ……、こんな騙し討ちみたいな事……。

誰も彼女の意思を確認していないじゃないですか……!』


『保護されているという安全を得るためにそう言う条件があるって分かってるだろうよ、本人も。彼女はもう幼い頃から保護区で暮らしている。

そう言う暗黙の約束も理解しているはずだ。

だからこそ、本人の意思は我々にあると言うこと……。』


『まるで動物園の飼育員……いや、ブリーダーの気分です……。これが僕らの仕事なんて……。

例え動物園の動物だって、心や自分の意思を尊重してあげたいですよ……。』


『……それは俺も思ってることだ。

だからこそ、耐えられなきゃは、この仕事を辞めはなれることができる。』


『……』


何も返す言葉がない。

確かにそうだ。

これに我慢できなきゃ仕事を辞めるしかない。


子供の頃から憧れて頑張って入った仕事だったのに、どうしてこうなってしまったのか……。


そしてこの後、僕は悩み、考えすぎて熱を出すのだった。


+++


「今日は天気がいいので、皆さん外に出られています。」


そう言われて職員に案内され歩いていると、施設と施設をつなぐ中庭の様な場所へと出た。

周りは施設の建物に囲まれているが、花壇に花も植えてあり、緑あふれる小さな公園のようだった。


そこにはいくつかのグループに分かれて、いろんな種族の獣人がくつろいでいた。


何人かの小さな子供が走り回っていたり、立ち話や軽く運動をする獣人たち。

各自でリラックスした時間を過ごしている様子だった。


『……保護区だけがいいところってわけじゃないのかも。』


安易かもだけど、彼らの様子を見ているとそんな気分になった。

ボケっと空を見上げる。


今日はとてもよく晴れており、深い水色の青空が広がっていた。


「……あっ」


マナカさんが小さく声を出すと同時に、一番遠くにいた獣人がこちらへ走り寄ってきていた。

遠くからでもわかる容姿に、すぐにそれがアサヒくんだと分かった。


「マナカーー!!」


彼は大きく手を振りながら走り寄り、マナカさんを抱き抱える。


突然抱えられ驚くマナカさんを気にもとめないように、その腕の中に隠した。


「……またお前かよ。担当外れろって言ったよな?」


「ですから、僕の一存では……。」


出会い頭に僕を鋭い目で睨みつけた。

ついでに少し後ろにいた主任も睨まれていた。

そんな様子に、思わずため息交じりに頭を抱える。


先週の主任との会話を思い出す。

差し出がましい考えかもしれないが、アサヒくんがもう少し大人になってくれたら、と。

せめて安心してマナカさんを任せられる存在になってくれたら……。


今のままだとマナカさんの負担がかなり大きいのが目に見えてわかるから。


困っている僕らに気づいてか、マナカさんが低い声で唸り声を上げた。


「おろして。」


「……マナカ?」


まさかマナカさんに唸られるなんて思っていなかったのか、アサヒくんが少しオドオドする。


「アサヒいい加減にして。どうして助けてもらった人たちにそんな悪態をつくの?」


「……マナカ、俺は……。」


シオシオと耳と尻尾が下がり、静かに腕の中からマナカさんを離した。

流石に唸られたのが響いたのか、大きな体が小さく見えるほど身体が丸まっている。


「勝手に私の環境を決めるのはやめて。……分かった?」


マナカさんの言葉に、アサヒは黙って頷いた。

そして小さな子供のように、小さな声でつぶやいた。


「マナカ、会いたかった……。」


「うん、分かってる……。」


そう言うとマナカさんはアサヒくんを眩しそうに見つめ、微笑んだ。

そしてゆっくりと再びアサヒくんの胸の中へと入っていった。


今度は僕が目を逸らしてしまう。

思わず目を伏せる僕に、主任の手が頭に乗った。


「……」


無言のまま、主任は大きく息を吐いた。

グリグリと撫でられる僕の頭は、鳥の巣の様になった。


しばらく抱き合う2人にいてもたってもいられず、僕は中庭を後にした。


『……取り越し苦労だったのかな。』


最後の様子が脳裏に残っていた。

今まで自分からアサヒに向かうことはなかった。

でも最後は……。


『これで僕の役目は終わったかな。』

なんだか仕事に対して未練がなくなった気がする。

自分が担当した獣人さんが好きな人と再会して幸せになったのだ。

こんな嬉しいことはないんだ。


もう、いいんだ……。


一つ一つ、自分に言い聞かせるように心の中で呟く言葉。

泣くのを我慢するように、僕は微笑んだ。


そして胸ポケットの封筒をぎゅっと握った。


中庭から廊下を歩いていると、一人の獣人の子供が僕の足にぶつかってきた。


「あ、ぶな……。」


僕の足につまずいて転びそうになる所を間一髪抱きかかえる事ができてホッとする。


「大丈夫?……怪我してない?」


僕の腕にしがみつきながら、にっこりと微笑むと小さな声で『ありがと』といった。


黒い毛並みの少し垂れた耳。

よく見ると黒だけじゃなく、服の袖から見える毛並みにグレイのまだらな模様が見えた。


「君はどこに向かってるの?迷子?」


くるくる回りながら自分の体を確認している子供に問いかける。

子供はニッコリと笑うと『んと、広場に行くの!』といった。


多分中庭のことかな?と思い、廊下の先を指差す。


「ここまっすぐ行くと、広場に行けるよ。」


「おにーちゃんも、行く?」


「……えっと、お兄ちゃんはぁ……」


できれば再びあの光景を見ないで済むのならば。

だけどこんな小さな子供に『やだやだ、行きたくないやい』なんて言えずに眼球水泳。


狼狽える僕の手をとり、「一緒、いこ?」と微笑まれたら。

……行くしかないよね。


彼に手を引かれ、ノロノロ逃げてきた中庭へと戻ると、主任が木陰のベンチに座っていた。

僕が戻ってきたことに驚いていたが、グイグイと引かれる手を見て状況を察知したのか、困ったように笑っていた。


ふと子供の手が僕から離れる。

何かを見つけたように、一直線に走り出した。


「パパ!」


小さな子供が嬉しそうにアサヒくんの足元にしがみついた。

足元に絡みつく子供にアサヒくんは、思わず眉を寄せる。


「パパ、このお姉さん、だれ?」


黒い尻尾をフリフリとさせながら、男の子はアサヒくんに抱っこをせがむ様に両手を広げた。

それをアサヒくんは面倒臭そうにそっぽを向いた。


「もうパパって呼ぶなって言ったろ?お前はアコのとこに行ってろ!」


突然のアサヒの態度に子供が困惑した表情を浮かべる。

今にも泣きそうな表情だった。


「やだよぉ、パパ抱っこ……!」


「あーもう本当マジ邪魔すんなって!」


アサヒくんが泣き出した子供に向かって足を上げた。


「あぶな……!」


思わず僕は走り寄り、アサヒくんの足元に身を屈める。

小さな男の子を庇うように前に出ると、僕の頭に足が降りてきた。


「アサヒ何すんだよ!」


子供を抱え込む形で倒れ込んだ僕に、黒い影が覆いかぶさった。

その影と陽の光に目の前がチカチカして、うまく外野が聞き取れなくなる。


主任が誰かを呼ぶように叫んでいた。

そして、誰かが僕を呼んでいるような気がした。

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