第10話 誰が誰を守るというの。
それから暫くして調書が終わり、アサヒくんが待つ部屋と案内された。
主任と僕でアサヒくんと対面して座る。
アサヒくんはマナカさんが一緒じゃないと知ると、明らかに機嫌が悪くなった。
「おじさんたちに要はないんですけど?
マナカは?マナカといつ会えるの?」
アサヒくんの態度を見て、主任がいつもの愛想笑いを浮かべる。
「あー、まだかかりそうなんだよね。
君の調書が終わればと思ってはいるんだけど……ほら、あそこの家で監禁されてたの長かったでしょ?君の健康診断の結果もまだだし、こっちも色々手続してるから、もう少し待ってくれないかな。」
諭す様に優しく話す主任にイラついたのか、アサヒくんは机を蹴った。
「まだまだもう少しってずっと誤魔化しやがって、いったい何時になったら会えるんだよ!!」
アサヒの怒号と唸り声に、僕は完全にすくみ上がっていた。
オオカミの本気の威嚇。
牙を剥き出しにして、僕らを唸りながら睨みつけている迫力に身体がこわばった。
そんな僕の様子を彼は鼻で笑った。
「……お前、マナカの担当だって?そんなんであいつを守れるのかよ。
担当ってことはマナカを守る立場ってことだろうが!」
マナカさんとは違い生えっぱなしの長い爪。
そんな爪でアサヒくんは僕の首を掴んだ。
慌てて主任が僕らの間に入って止めてくれたが、突然握られた首元に呼吸ができずに咳き込んでしまう。
情けない僕の姿にアサヒくんは勝ち誇ったように僕を見下げていた。
「……お前にマナカは守れないな。お前には無理だからさっさと担当外れちまえよ。」
反対に僕は咳き込みながら涙目で彼を見上げた。
確かに、その通りかもしれない。
だけど、今は僕は仕事中で、彼から情報をもらわないといけない。
いい情報だったらそのままマナカさんに伝えないとだから。
僕はアサヒくんに向かって微笑んだ。
「……担当は僕の一存ではどうにもなりませんので、ご忠告は真摯に承り、実行できるように心がけます……。」
と、お辞儀をしてみせた。
流石の藤木さんも焦っていたが、僕の態度に落ち着きをとり戻す。
蹴られてひっくり返った机などを元に戻しながら、事務的に彼に伝えなきゃいけないことを述べた。
「……ごめんね、お役所は色々時間がかかるんだよ。
マナカさんも結果を待っていると思うから、ね。
あの子も待っているんだから、君も待ってあげてよ。」
主任の言葉にアサヒくんがピクリと反応した。
マナカさんも待っていると言う言葉が心に響いたのか、嬉しそうに尻尾を揺らしながら椅子に座り直した。
「……わかったよ。それで、次は何すんの?」
手のひらを返した様な協力体制に呆気にとられる。
だがここで分かったのは『アサヒくんは子供なのかもしれない』と言う思いだった。
環境のせいもあるだろうが、精神面での成長が少し大人とは違う気がした。
だからこそ主任が諭す様な言い方で詰める。
「アコさんとの子供、2人とも男の子だっけ?小さくてかわいいね。何歳?」
主任の質問にアサヒくんはだるそうに首を回す。
「さぁ、幾つだっけな。4歳?下はまだ赤ちゃんだから。
可愛いかは、うーん。小さい猫って感じ?」
「……そっか。自分の子供だと種族違っても可愛いんじゃない?
姿や顔は似てなくとも、血のつながりって性格だとか仕草とか似てたりするよね。」
「そんなの知らないよ。てか似てねーよ、どう見てもアコそっくりでただの真っ黒い猫じゃん。」
めんどくさそうに指で髪の毛をくるくると触った。
「そっか。じゃあ次の質問。
アコさんたちは民間の施設に移動することになると思うけど、君はどうしたい?
非公式とはいえ、結婚相手だよね?番契約はしているの?」
「あーそうそう聞きたかったんだけど。
アコと俺って正式に婚姻してないよね?マムに言われて婚姻届に書かされたけど、あれって無効だよな?無効じゃなかったら俺マナカと結婚できないの?」
徐に机に足を乗っけて襟元を指でいじっている。
時折それが毛先だったりといじる場所が変わるが、なんだか彼の発言はふわふわしていた。
それを主任が静かに諭す。
「……法律で種族違いの獣人は結婚できないってあるんだ。
だからアコさんと君は正式な夫婦ではないけれど……。
アコさん君を失ったら1人で子供2人育てて行かなきゃいけないんだよね。
それはなんとも思わない感じかな?」
主任の言葉に目に見えてアサヒがムッとした顔を見せる。
「……それって俺に関係ある?
俺が好きでアコと番だったわけじゃないし。
マムに言われたからしょうがなくじゃん。書類的に結婚してなかったんなら俺には関係ないでしょ。」
まるで理解できないのか、するつもりがないのか。
彼の発言にひたすら寂しさと悲しさが込み上げてくるのだった。
「そっか。俺たちから以上だよ。
調書が終わったらマナカさんに会わせてあげられるから、お利口さんにしてて。
……じゃないといつまで経ってもここから出れないから、ね?」
主任の言葉にアサヒは一瞬言葉を詰まらせた。
ぐっと黙り込んだ悔しそうな表情。
静かに席を立った僕を威圧を込めて睨みつけてきた。
僕らはそんなアサヒを置いて部屋を出る。
廊下を無言で進む。
主任は少し怒っている感じがした。
正直こんな主任は初めて見る。
そのまま無言は続き、帰りの車の中で主任が僕に聞いてきた。
「……日向はもしマナカさんとアサヒくんが番になったらどうする?」
「どうするとは?」
突然聞かれた質問に、意図がわからず聞き返してしまう。
ボケっとした間抜けな返事に、主任が僕に気を使うように続けた。
「担当、変わってもらう?そうなると暫くは獣人の担当は出来ないから僕のフォローになっちゃうけど……。
もしくは転課の希望するか……。」
ああ、そういう……。
閉じたままの車の窓に肘を置いて外を眺める。
マナカさんが彼と番になったら。
僕はどうしたらいいのだろう。
なのでなんとなく心を無にして、そのままを答える。
「そう、ですね。それもいいかもしれませんね。」
僕の返事に主任がぐっと黙り込んだ。
多分僕を思って黙っているんだと思う。
藤木主任は本当にいい人だ……。
僕は静かにぐっと手のひらを握った。
実際見てみないとわからないと言うのが本音。
実際見ちゃうと弱い僕は、その場から泣きながら走り去ってしまうかもしれない。
だけど、マナカさんが幸せそうにしているところはこれからもずっと見ていたいと思う。
だけどその横に彼がいるのは見てられないかもしれない。
いや僕はどうしたいんだよ。
流石に彼は、子供すぎる。
マナカさんにふさわしくないとさえ思うが、僕にそんな権限はない。
仕事としてはそんな感情必要ないんだろうけど……。
果たしてマナカさん自身の気持ちは?
マナカさんはこれを望んでいるのだろうか……。
1人でぐるぐると悩みながら、僕は窓の外を眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます