第7話 再開した、運命。
僕らが保護施設に着く少し前に、すでに移送車が到着していた。
移送車にはもう誰もいなかったが、タイヤからまだエンジンから来る風と砂埃が舞っていた。
急いで案内の職員の後に続いて歩く。
『取り調べ室』と言う名目の、旭くんが待つ
長く白い廊下をずんずんと進んでいく途中、ストレッチャーが僕らの横を通っていった。
そこに乗せられていた『人』は、誰の目に写せるような状態ではなかった。
中には意識もない者もいたようで、カーテンで仕切られた部屋から心音の波形の音が廊下に響いていた。
「……獣人を受け入れてくれる病院がこっちにしかなかったんだよ。」
誰かに言い訳するように、主任が呟く。
「……南部に受け入れ先があったら、もっと早くに治療できたんだろうけど……」
『もっと早く治療を受けさせられたら。』
主任の想いは僕ら職員みんな思っていることだろう。
だけど獣人はまだまだ未知数で、経験や知識のない『普通の』医師に診察させる方が危険なこともある。
変な話、『獣医』と『医師』どちらの知識も必要になると言うことだ。
そんなスーパーな医師は多くなく、なるべく各地に派遣されてはいるものの、獣人はあちこち病院をたらい流しにされることが多いのも現実である。
大体そういう医師は『病院』よりも『研究機関』に席を置く人が多いらしいから。
「ここまでひどいと、都心の特別な医師に見せるしか方法はないからな……」
主任の呟きにマナカさんが静かに首を振った。
「藤木さん、大丈夫です。わかってますから。」
マナカさんが立ち止まり、カーテンの部屋の入り口を見つめる。
「実際にこういう状態を目にするのは初めてですけど、それなりに獣人として覚悟をして生きてきたので。」
マナカさんの言葉に、主任はもう何も言わなかった。
案内の職員の急かす声に、僕らは再び廊下を歩き出した。
『こちらでお待ちです』と職員がお辞儀をし、タイミングよく鳴ったスマホを耳に当て、足早に去っていった。
僕らは廊下の一番奥の扉の前で立ち尽くす。
お互いの顔を見合わせると、意を決するようにドアノブに手をかけた。
「……ここに旭くんがいるそうだ。」
手をかけたままの主任がそういうと、マナカさんはぎゅっと僕の服の裾を握った。
ぎゅっと握ったまま、扉を見つめている。
『今、どんな思いなんだろう……』
想像もできない彼女の気持ちを探るように、しばらく袖を握っている手を眺めていた。
目の端に時計を気にする主任の影が見え、服の裾から彼女の手を取って握る。
「……いきましょうか。」
覚悟が決まってないのか動揺が見える彼女の瞳を見つめ握った手に力がこもった。
そして僕の手から離れた彼女の手が、ゆっくりと扉に触れた。
◇◇◇
ただ白い広い部屋の隅に、数人の人影が見える。
小さな子供を抱いた人や、少年、少女、女性や男性。
比較的に外傷のない獣人がここに集められているのだろう、無邪気に笑う子供の声も聞こえた。
その奥に一際目立つ獣人がベッドの脇に座っていた。
少し暗めの茶色の整えられた髪の毛に、尖った耳。
ここから見ただけでも、整った容姿をしていることがわかる。
彼は僕らに気がついたのか、ベッドから静かに立ち上がるとふとコチラを見た。
彼の視線が扉の前に立つマナカさんに注がれると、彼の耳がピクリと反応した。
「まな、か?」
その声にマナカさんが体をびくりと跳ね上がらせた。
「マナカ!!!!」
「……アサヒ。」
名前を叫ぶと同時に、アサヒはマナカさんに向かって走り寄る。
細身だが背の高い体が強く彼女を引き寄せ、抱きしめた。
感動の再会、だ。
まるで映画のワンシーンのように、アサヒの引き寄せた腕が僕から彼女を引き取っていった。
見える情景はとても絵になるもので、その場の誰もが息を呑むほどだった。
僕はそれ直視することが出来ず、慌てて目を伏せる。
指先が冷え、そして震えていることが自分でもよくわかった。
「……すみません、車にスマホを忘れてしまったようなので……」
ひきつる声に主任は全てを察した様子。
小さく『すみません……』と呟くことしかできなかった。
あーあ、側にいますとかかっこいいこと言ったのにな。
そんな僕に主任は黙ったままポケットから車の鍵を渡してくれた。
子供に渡すように、僕の手の下に自分の手を添えながら。
「……書類はこっちでやっとくから、車を職場に置いたらそのまま直帰しな。」
主任はそういうと鍵ごと僕の手を握り、そして離した。
今自分がどんな顔をしているのだろうか。
ボーッと主任の目に映る自分の顔が見えない。
静かにお辞儀をすると、僕はそっと部屋から出ていった。
+++
藤木の計らいで、隣の部屋へと移動する。
そこで藤木の監視下だが、2人で話す機会をもらった。
静かに扉に背をもたれ、腕を組んだままの藤木にアサヒは苛立ちを見せる。
だが直ぐに膝の上に抱いたままのマナカに向き直り、再びギュッと抱きしめた。
移動する時、アサヒは『もう片時も離れたくない』とマナカを抱き上げたまま移動したのだった。
「……マナカ、会いたかった。」
「……うん、私も。」
今度はマナカが少し離れた扉の前で待機する藤木を気にするようにチラリと見る。
『日向くんはどこだろう……?』
なんだか実感がまだ湧かないのか、上の空な自分に激しく嫌悪していた。
『なんだか、胸の奥が気持ち悪い……。』
ここに来て急展開な今の現状に、全然ついていけてない自分。
何処かに自分だけ置いてけぼりのまま、すごい速さで時間が進んでいるような感覚だった。
そんな最悪な体調とは裏腹に、マナカを膝に抱いたまま嬉しそうに微笑んでいるアサヒ。
子供の頃の面影が残るその笑顔を懐かしむように、マナカはそっとアサヒの頬に触れた。
頬に触れた手を鼻先で擦り付ける。
アサヒもその手の温度に懐かしさを感じていた。
マナカと離れている間の自分のことを話すアサヒにマナカは微笑みで返していた。
その微笑みを愛おしそうに見つめながらアサヒは目を細めた。
「マナカ、もう俺たち離れないよな?」
微笑んだままアサヒの言葉に答えられないでいると、アサヒの表情が明らかに不機嫌になる。
「……なんだよ、マナカはもう俺のこと忘れちゃってたんだな!?
俺の事、どうでもよかったのかよ。」
「そんなことは……!」
慌てて首を振るマナカを見て、藤木が口を挟む。
「マナカさんから要請があって、あなたを探してたんですよ。
しかもあなたはこれから暫く事情を聴取されたり、体調管理で拘束されます。
そう言う状況を、マナカさんは知っておられるので返事が出来かねていると……」
藤木が代わりに説明したのが気に入らなかったのか、アサヒは言葉を遮るように唸った。
「うるせえ!!人の
相手は狼の獣人である。
唸り声と一緒に叫ぶ言葉に威圧され、藤木は思わず息を呑んだ。
それをマナカが抱きしめながら止める。
「アサヒやめて!!」
マナカの言葉にハッとして、藤木が袖で額に滲んだ汗を拭った。
「……失礼しました、白狼さん。」
言い換える藤木に今度はマナカが声を上げる。
「マナカで大丈夫です。白狼だと日向くんとも被りますし……」
「は?お前他の男がいるのかよ!?」
全く状況を理解しようとしないアサヒに苛立ちを隠せず腕からすり抜けるように立ち上がる。
「日向くんは私の担当の職員さんよ!!もういい加減にして!」
マナカの声にアサヒがピタリと黙った。
まだ何か言いたりなさそうなアサヒを制する様に、マナカが続ける。
「……落ち着いてほしい。じゃなきゃ話もできない。
もうすぐあなたの聴取が始まるから、私はここにいられなくなるの。」
「また離れるのか!?」
そう言うとアサヒも立ち上がる。
勢いよく立ち上がったせいで、座っていた椅子が勢いよく倒れた。
「……あなたが大人しく段取りをこなせば、すぐにまた会える。」
落ち着いた目で見つめると、アサヒは渋々と納得した様子で再び椅子に座り直した。
「……わかった。またすぐ会えるんだな?」
「……会えるわ。」
マナカの言葉にアサヒは子犬のように鼻を鳴らした。
ドスンとテーブルを足で蹴り、子供のように不機嫌な態度を隠さない姿に、マナカは大きくため息をついた。
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