第6話 藤木主任ってすごく優秀な方なんですね。

しばらくしてマナカさんが目を覚ました。

流石に寝室に入るわけにはいかないので、居間にある大きめのソファーに寝かせていた。


目を開けてしばらく宙を見つめていたが、ゆっくりと僕に向かって視線が重なる。

現状を混乱しているのか、苦しそうに頭を抱えるマナカさんに、藤木主任が淡々と現状を説明する。


「早速本題に入るけど……ごめんね、そのまま聞いて。

狼谷旭くんと同じ地方の孤児院にいたという獣人を見つけました。

その人に会って旭くんの行方を聞いたのだけど、旭くんは孤児院から養子に出たと言っていたんだ。

……獣人は基本『養子』は認められていない。稀に同じ種族の獣人に養育と保護を頼むことがあるが、それでも『養子』はあり得ない事なんだよね。」


フゥッと大袈裟にため息をつくと、『ここで問題が発生』と主任が言った。


「そこからね、その孤児院を徹底的に調べて、摘発。

労力と時間がかかったのがそこね。

そりゃもう、人員数確保とか警察と一緒に南部の保護地区に監査に捜査。

僕は出張から昨日戻ってきたわけだよ。

そっから孤児院から押収してきた名簿や帳簿などを調べて、見つけました。」


思わず『ゴクリ』と喉がなる。

いや僕は結果知ってここにいるんだけどね。

なんだか雰囲気に飲まれてしまい、緊張感ある生唾を飲み込んだ。


マナカさんはゆっくりと体を起こすと、ずっと俯いたまま静かに主任の話を聞いていた。


時折頼りない肩が震えるのを見て、思わず背中に手を置いてしまう。

背中に手を添えた時、マナカさんは泣きそうな顔で僕を見あげた。


ポスンとマナカさんの頭が僕に寄りかかり、静かに肩を震わせていた。

支える僕の服の袖に、はらりと滴が落ちた。


それを悲痛な様子で主任も眺めていたが、ふと自分の腕時計を確認する。


「……ごめんね、ちょっと時間がないから続けるよ。」


主任の言葉に小さく頷くマナカさん。

僕の胸に頭を寄せたまま、言葉を発さないまま泣いていた。


「旭くんはとある富豪の家に『違法』な手続きで養子になっていたところを保護して、今うちの管轄に移送されている途中なんだ。

そこで、マナカさん、旭くんに会いますか?」


主任の言葉にびくりとマナカさんの肩が揺れた。

ゆっくりと僕を見上げるように顔を上げる。


『ひどい顔色だ……。』

まるで感情のない人形のように表情はなく、いつもキラキラしている瞳の色も濁りきっている。

僕を見るめたままの瞳が、止めどなく雫をこぼしていた。


そっと涙を拭うように彼女の頬を撫でる。

僕の手が触れたことでまたビクッと体を震わせたが、すぐに撫でた僕の手に自分の手を添えた。


「マナカさん。」


僕の言葉を瞬きで答える。


「マナカさん、旭くんに会いに行きましょう。」


僕がそう言うと予想してなかったのか、マナカさんの顔がこわばる。

ゆっくりと左右に首を振ると、また僕の胸に飛び込んできた。


ゆっくりと僕の胸の辺りに拳をぶつけて、声を上げて泣いた。


「どうして……?生きていたならどうして……今までなにも!」


ブツブツと呟くように、僕に怒りをぶつけるように、胸を叩く拳に力がこもってきた。

ドンっと鈍い音が響く。

ウッと小さくうめいた僕にハッとした顔で見上げた。

頼りない胸板で申し訳ない……。

静かに握ったままの手をそっと掴むと、僕はマナカさんを引き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。


「マナカさん、ごめん。僕が謝るのは筋違いだけど、代わりに謝ります。」


「どうして日向くんが謝るの……」


「僕が謝りたいからです。」


「関係ないのに……?」


「……関係なくてもです。」


「何について謝るの?」


「マナカさんを苦しめる全ての事からの謝罪です。」


「何それ……。」


相変わらず訳わからないことを言うなコイツと思われたのか、呆れられたのか。

マナカさんがふっと笑った。


僕が抱きしめる腕が強くなる。


「マナカさん、旭くんに会いましょう。

彼は他にたくさんの獣人たちと、とても劣悪な状況で暮らしていたと聞きました。

多分僕が想像もつかないぐらい今まで大変だったと思います。」


「……」


マナカさんは黙ったままだったが、僕は続ける。

胸に強く彼女を抱きしめたままで。


「会えるなら今なんです。

彼らはみんな移送後、検査や聴取で長いこと時間を取られることになってます。

主任がなんとか権限を使って『聴取』と言う名目でこっちに彼を移送することができましたが……時間がないんです。

マナカさんが旭くんに会えるチャンスが聴取の前の『僅か』しかないんです。

主任が急いでたのはそのせいで、決してマナカさんの気持ちを無視しているわけでは……」


ちゃんと主任の状況も伝えたかった。

マナカさんが主任のことを誤解してしまわぬように。


説得を続けるつもりで口を開くと、マナカさんが先に答えた。


「……わかった。」


「え?」


「会う、よ。旭に。」


「マナカさん……」


マナカさんの言葉に主任が素早く動いた。

僕に合図し、外に出る。


多分車を取りに行ったのだろう。

僕は急いで腕の中からマナカさんを手放した。


「僕もついてます。大丈夫です。

何があっても、僕がついてますから。」


彼女の不安を少しでも拭えれば。

僕はそう言いながらヘタクソに微笑んでみせる。

なるべく頼りないように見せないように。


僕から離れた彼女が僕の顔を見て目を見開く。


「……なんで日向くんも泣いてるの……。」


「……マナカさんに、つられちゃって。」


ほんとは嘘。

あなたが泣くから、僕も泣いてしまった。

あなたが悲しいと、僕も悲しくて。


赤い鼻を啜りながら涙を拭う僕を見てマナカさんが笑った。


「……ありがとう。

日向くんがいてよかった。」


「……いえいえ、僕は何もです。」


ゆっくり人差し指で彼女の涙を拭う。

微笑む彼女の手を引いて、僕は外へと向かった。


走る車の後部座席で、マナカさんが眠ってしまっていた。

泣きすぎて疲れてしまったのだろうと、主任が言った。


「……間に合いますかね?」


「向こうが渋滞してくれてれば、行けるはず。」


イライラとしながら時計を何度も見る主任。

そして後部座席をチラリと見た。


「思ったより時間かかったな……。」


マナカさんが眠ったままなのを確認すると、少し低い声で呟いた。


「孤児院を摘発したことで、長年獣人を『売っていた』施設長などが捕まった。

もう何十年も昔からやってた証拠も出ている。

……考えられるか?もう何十年もだぞ」


思わず怒りでハンドルを殴りつけ、再びマナカさんを確認した。


「……同じ人間とは、思えないですよね。」


僕の答えに主任は怒りで顔を歪めた。


「……芋づる式に買い取っていた側も捕まるだろうが……。

顧客名簿が後生大事に残してあった。

顧客にはランクを付けて、ナンバリングしててな。」


「せめて生きている子たちは、救えたらいいですけど……。」


「まぁ、難しいだろうな……。

奴らは重罪人として、この国での最高刑を執行される事だろう。

だが執行されたとこで虐げられたものたちは救われない。」


「……」


憤りだ。

多分僕より長くこの仕事をしている主任の。


主任がよく言う口癖を思い出す。


『誰からも恥じない人間でいたい』


主任。

僕もそう思います。


僕も恥じない『人間』でありたいです。

そう心の中で呟いた。



信号待ちで止まっている時に、主任がふと僕を見た。


「日向、お前は大丈夫か?」


「何がですか?」


「いやあ、だから、その……」


主任が気を遣ってくれているのがわかって、思わず吹き出してしまう。


「……なんで笑う!」


「だって嬉しくて。

……ありがとうございます、僕は大丈夫ですよ。」


「……もう吹っ切れたのか?」


主任の問いに、思わず息を詰まらせたが、大きく深呼吸。


「これが僕が憧れて目指した仕事です。

せっかく配属されたので、僕はまだまだ頑張りますよ!

任せてください、頑張りますから。」


ンフフと笑いながら、流れる景色に目を向ける。


「……彼女が幸せになれることが、僕の仕事のぞみなんで。」


主任に聞こえてたかわからないが、自分に言い聞かせるように僕が出した答えだった。

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