第5話 天袋で何があったか、きっと気になっているはず。

あれから何事もなく。

本日はお日柄もよく。


相変わらずお使いやお手伝いで順調にマナカさんとの交流が進んでいる。


今日は押し入れの掃除のお手伝いで、僕は今、押し入れの上のほうに潜り込んでいた。

こういう場所ってなんていうんだっけ?テンブクロだっけ?

そんなこと思いながらゴソゴソ進んでいく。


「昔僕のおじいさんの家の押し入れの奥にですね。」


ゴホゴホとホコリにせながら、どんどんと奥に手を伸ばす。

流石にスーツじゃダメなので、今日は市役所印の作業服持参でやってまいりました。

あ、軍手とタオルは自前です。


「え?押し入れの奥に?」


僕が乗っている脚立の脚を押さえながら、マナカさんが興味津々で僕を見上げていた。


「あ、そこ、でっかいホコリ舞ってるので気をつけてくださいね。

……で、奥に探検だーって従兄たちと潜ってたんですよ。」


ゴソゴソと手を動かしながら、口元に巻いたタオルの位置を調整する。


「日向くん案外わんぱくだったんですね!」


僕の子供の頃を想像してか、マナカさんは目尻を下げ微笑んだ。


「あー、田舎の子供の見本みたいな、わんぱく小僧でしたね。

裏山の崖を登ったりしてうっかり落ちて、打ち身だけで無事だったとかね。

あ、でね、それで押し入れの奥に潜った時に……」


結局話が途中でれにれ、押し入れの奥の話の結末を話す前に会話は終わってしまう。

なぜなら掃除の途中で戸棚の奥から古いクッキーの缶が僕めがけて落ちてきたから。


バサバサと音を立てて缶の入れ物から、紙の束が床に散らばる。

僕自身も転げ落ちはしなくてホッとしながら慌てて脚立から降りる。

畳の上に散らばった束を、マナカさんと2人で拾い集めた。


「……あ、これ。」


マナカさんの声につられ、振り返る。

手紙を見つめ、再び僕を見た瞳は少し、揺れ動いた。


「……アサヒくんからの手紙。

おばあちゃんたら、ここにしまっていたのね。」


懐かしそうに微笑むと、そっと僕にそれを差し出した。


「……僕が見てもいいのですか?」


真っ直ぐ見つめる僕に、伏せめがちに微笑んで、そして頷いた。


「拙くて恥ずかしいけど、何かヒントになれば……。」


マナカさんはそういうと、他にも散らばった紙を拾って箱にしまっていた。

僕は脚立に腰掛けるとそっとタオルを外して首にかけた。


結えてある紐をそっと解くと、子供の文字が広がっていた。

バラバラの柄の封筒の束。

上にある手紙から開いていく。


それはもうまるで、恋文だった。


目に入る文字はひらがなが多かった。

文章もなんだか拙い日記のような感じだったが、しっかりとした彼女への思いが見て取れる。

並ぶ力強い子供の文字の合間に昔流行ったヒーローのシールが貼られていた。


『寒くなってきたけど風邪など引いてないか?』

『会った時より5センチも身長が伸びた。』

『離れている間、君のことを考える時間が増えていく。』

『マナカ、会いたいーーー』


思わず目を逸らしたくなるほどの、そこには愛が幾分も綴られていたのだ。

それを目の当たりにし、ますます澱む心をぎゅっと奥底へ沈ませた。


『平常心ヘイジョウシン……』


ぎゅっと口元に力が入る。

頑張って笑うように、口角を上げた。


ざっと斜め読みをして、手紙を封筒にしまう。

そして封印するようにキツく紐で縛り、マナカさんに差し出した。


「……読ませていただいて、ありがとうございました。」


「もう何を書いたか書かれていたか覚えてないのだけど、ヒントはあったかしら?」


変わらぬ笑顔で微笑む彼女から、なんだか後ろめたい気持ちが拭えずバッと目を逸らしてしまう。


僕の態度があまりにも不自然だった。

自分でも気がついたけど、表情筋がうまく機能してくれないから。


いつもと違う僕の態度に固まるマナカさん。

それを取り繕うように『ははは……』とヘタクソに笑い、そのまま『ちょっとトイレへ』と逃げ出した。

なので僕は今、用事もないトイレの個室に座り込んでいる。


いかん、このままでは。

仕事に支障が出ているこの感情。


マナカさんのことは尊敬している。

そしてちょっと好意もあるが、それはこないだ終わったのだ。

これはあくまでも憧れとしての感情。


自分が昔会った獣人の女の子と重ねているだけに違いない。



◇◇◇



昔僕は知らない街で迷子になったことがあった。

親戚の法事か何かで訪れた町。

うっすらとしかもう覚えてない記憶。

好奇心旺盛だった僕は親の目が離れたことも気がつかず、気がついたら1人だったのだ。


うっかりそのまま裏路地に迷い入った時、被っていたフードが耳つきだったからか、獣人の子供と間違えられ誘拐されかけたのだった。

普段ワンパクと言われている僕だったが、大きな袋を持った男たちを前に恐怖で動けなかった。


腕を掴まれ、男が持っていた袋に押し込められそうになった時、何か黒い影が飛び込んできた。

自分の腕を掴んでいる男が大きくよろめいた隙に、今度は別の誰かに手をつかまれる。


『走るよ!』


耳元に響いた自分より少し高い声。

フワリと揺れる綺麗な毛並みの小さな尻尾に目を奪われる。

奪われた一瞬。

その瞬間、『あの子』は僕を掴んだまますごい速さで走り出した。


男たちが叫ぶ声、伸びてくる手をかわし、あっという間に表通りに走り出た。

走っている途中でフードが脱げたので、それで追ってこなかったのかもしれない。


多分彼らは『人間の子供』には用はないはずだから。


誰も追ってこないことを確認すると、小さな手が僕から離れていく。

全速力で釣られて走ったから、息が上がってお礼も言えなかった。

人通りの多い場所に僕を置くと、『あの子』は微笑みながら手を振った。

『あの子』が見えなくなるまで、僕も手を振り続けた。


『また会えたらーー』

そう思って時間が許す限り姿を探したが、2度と会うことはなかった。


それから僕は獣人に対して憧れと恩を感じているのだった。


『あの子』は僕のヒーローだ。




過去の回想シーンなどで一通り自分の気持ちを落ち着かせ、トイレから出る。

出てすぐマナカさんが扉の横に立っていた。


心配そうに少し下がった耳を見て、なんだか可愛くて。


「……すいません、お腹が痛くて。」


下手くそに笑う僕を見て、マナカさんはクスクスと笑い、『お大事』にといった。



<マナカside>


なんとなく、日向からの好意には気がついていた。

人当たりも良く、へにゃりと緩む笑顔に、マナカ自身もだいぶ絆されているとは気がついている。

でも自分とは根本的に違う『人間』

一緒になることさえも叶わない相手。


アサヒと途切れた時に、自分にそんな対照ができることさえも諦めていた。

恋する気持ち。

淡く壊れそうな脆いもの。


だけど子供の時とは違うはっきりした重み。

彼を見るだけで一喜一憂する感情に、悩むことを諦めた。


一生誰にも告げない気でいたアサヒのことを彼に伝えたのも、アサヒへの気持ちを終わらせるつもりだったのかもしれない。

伝えると必然的に彼は上司に報告せざるを得ないだろうこともわかってた。

そしたら上司はアサヒを探すしかない。


見つかるわけがない。

アサヒはもう亡くなったのだから。


手紙が途切れてから何年かたった時、自分が感じている運命が途切れたことを突然はっきりと感じたから。

それはきっと彼が亡くなったのだと、マナカはそう思った。


そこで思いは消えたはずだが、マナカは諦められなかった。

諦められず執着している『運命』という絆に、そんな自分に、気持ちの悪ささえあった。


だけど日向に出会い、確実にこの気持ちは『愛』なのだと気がついてしまう。

新しい気持ち。

執着だけの『運命』とは違う重さ。


ならば調べてちゃんとアサヒがこの世に『いない』ことをちゃんと知ればいいと、考えた結果だった。


あとは待つだけ。

アサヒがいなくなった事を認める事実さえ知れば、自分は日向だけを思えばいい。

たとえ報われず、告げられなくても。


彼が担当でいてくれる限り、私はこうして彼のそばにいられるのだから。


だが事実はマナカの思いとは違う方に転がっていく。


突然青い顔をした日向と藤木がやってくる。


「マナカさん、狼谷旭くんの居場所がわかりました。」


その言葉にひゅっと喉の奥の方が冷えた。

その冷たい塊は喉の奥の方に張り付いているようで、突然息ができなくなった。


まさかの、思いもしなかった結果に激しく動揺した。

自分の視線が迷わずヒナタに向く。


居場所がわかったと言う彼はマナカに悲しそうに微笑んでいた。

こんな顔、させたかったわけじゃない。


諦めの悪い自分を納得させることが出来たらと、安易な考えだった。


マナカはそのまま深い意識の底に、落ちた。

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