第4話 報告する義務を忘れて愚痴る人、手をあげて。
「……日向、直帰したら次の日届けちゃんと出そうね?」
次の日あまりにポンコツで使い物にならない僕を、藤木主任が苦笑いをしながらやってきた。
浮腫みきった瞼で何かを察したのか興味がないのか。
僕のポンコツの原因には触れなかった。
「あと、昨日のマナカさんの報告ね?
報告って言っても口で伝えるんじゃなくて、紙に書いて出すんだよ?」
まるで新人にいうというより、小さな子供に教えるように言う主任に唇を尖らせる。
「……わかってますよ。ここに移動になる前に2年も別の課で事務仕事やってたんですから……」
「……なんかあったん?」
流石に聞いてほしいオーラを感じ取った様子。
欲しかった言葉を主任からいただいて、主任の腕に縋りついた。
それそれそれです、僕が今欲しかった言葉。
「……実は。」
僕は昨日聞いたマナカさんの昔話を話した。
自分としては上司に失恋してしまった経緯を愚痴りたかっただけの軽い気持ちだったのだが、話すべきではなかったのだと後で死ぬほど後悔をすることになる。
「……ニホンオオカミの子供……。」
主任は黙って考え込んでいた。
「そうなんですよ……マナカさん、迎えにこない彼をずっと待っているようで……」
ブツブツと愚痴を言う僕とは裏腹に、主任は真面目な顔で考え込む。
「……ていうかボクが担当して長かったのに、そんな話一度も聞いてないなぁ。」
「……へ?」
主任は僕を巻き込むように腕組みをしたままチラリとこっちを見た。
「……あんまりボクは信用されてなかったのかな。……まぁ『仕事』の間柄だったからだろうけど。」
「……主任?」
「というか、日向?」
「……え、なんですか……?」
縋りついた腕に巻き込まれて、今じゃヘッドロックのようにホールドされたままの僕を、主任は最大の微笑みを向けてきた。
「そのアサヒクンのことは任せてよ。こっちで色々調べられることは調べてみるから。
その代わり、お前は白狼さんからもっとアサヒクンの事を聞き出してくれ。」
「……聞き出す……?」
「お前の
おかげで、日本のオオカミが全滅しなくて済むかもしれないってことだよ。」
主任はそういうと、とてもとても悪そうに笑った。
いつもの引き攣ったような愛想笑いじゃない。
ああ主任。
あなたそんな笑顔もできたんですね。
ああ僕は絶対。
絶対に選択肢を間違えたのだと、痛いほど悟った。
もちろんマナカさんにとっては嬉しいことだろう。
でも僕にとっては、なんか傷に塩を塗られたような気分で……。
もし想いが通じても、獣人と人間は結ばれることはない。
そんなことわかってる。
そう、これはなんというか推しのアイドルに彼氏がいたことを週刊誌ですっぱ抜かれ、朝の起き抜けのフラットな状態で知ってしまったような、そんな気持ちなんだ。
これはマナカさんのためだ。
自分に何度も思い込ませるように反芻する。
逃げちゃダメだと言い続ける某アニメの主人公の気持ちが、少しわかった気がした。
「マナカさん、こんにちは。」
今日も今日とて
そしていつもと変わらず、いつもの声が聞こえる。
「今ちょっと手が離せないので、入ってきてもらってもいい?」
今日も今日とてマナカさんは忙しそうだった。
「えーっと、先に謝罪を……」
入ってすぐ向かい合ったかと思うと、僕は正座をして膝に手をついた。
キョトンとした表情で僕を見つめるマナカさん。
ついでに尻尾もピンとしていた。
可愛い。
いやそんなことより。
「先日のアサヒくんの件、藤木主任に話してしまいまして……」
無い耳が垂れ下がり、ない尻尾がギュンっと下がるような。
まるでプルプルと震えるチワワのように、全身全霊で謝罪をした。
ガツンと床に頭を擦り付けるほどの謝罪。
受け入れてもらえるか、わからないけれど。
キリキリ痛む胃袋とは裏腹に、マナカさんは僕のおでこの心配をしてくれた。
「ああ、そのことなら大丈夫ですよ。
私との会話に変化があったら記録に残さなければならないのですよね?」
ケロリとしているマナカさんになんだか拍子抜けする僕。
へ?……お、怒ってないのかな?
いつも通りのマナカさんに僕は胸を撫で下ろした。
うんでもまぁ、記録に残そうと思って話したわけではなかったのだけど……。
結果的に?そう言うことで、と曖昧に返事を誤魔化す悪い僕。
「誠に申し訳ありませんでした……。」
そう言い終わると再び深く頭を下げた。
いわゆる土下座。
日本古来の謝罪の方法。
流石に本気で良心が痛む。
信用して話した思い出話をベラベラ上司に話したんだからね。
僕そんな口の軽い方ではなかったんだけどな、なんてシオシオの顔で胃の辺りをさする。
がっくりと項垂れる僕の頭がポンっと撫でられた。
「報告されるだろうと思ってましたから、大丈夫です!
いずれ藤木さんにも話そうと思ってましたし。」
撫でられた頭から手の温度がふわりと伝わった。
思わずブワッと顔が赤くなったのがわかった。
『そう言っていただけて……』
そう言いながら僕は顔を隠すようにヨロヨロと立ち上がった。
話はここで終わりじゃない。
終わりじゃないんですよマナカさん……。
「それでなんですが……」
僕は重い口をモゴモゴさせながら続ける。
主任がアサヒくんについて調べると言っていたこと。
その上でアサヒくんについての情報を教えて欲しいと再び頭を下げた。
マナカさんはしばらく考え込んでいたが、
「こないだ話したのが全部なんですよねえ……。
多分私の経歴などは藤木さんが全部把握済みだと思うので、昔住んでた場所などもきっともう知ってると思うんですよね。」
といった。
僕、一体何を聞いたら良かったのだろうか。
知ってるなら聞かなくても良くない!?
なんだかまた、泣きたくなってきた。
ぼんやり立ち尽くしたまま凹んで俯く僕に、マナカさんはフフッと笑ってまた僕の頭を撫で始めた。
「日向くんは真面目ですねえ」
そう言いながら、グリグリと撫でている。
くぅ〜、子供扱い!……でも撫でられるのは嫌いじゃない。
そしてちょっと気持ちいい。
頭がグラグラ揺れるほど撫でられていて、反応に困っている僕にマナカさんはまた微笑んだ。
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